鏡と前世と夜桜の恋
「さく、今更もう遅い… 私は今日の初見世で水揚げに出ます。もう貴方はいらない」
泣いてしまいそう… 震えそうになる声を必死で隠しながら咲夜の顔が見れず背中を向ける雪美。
「ゆき、なぜ故そんな事を言う… 」
「私が欲しければ、会いたければ遊郭へ来ればいい。客として… 」

平然を装うので精一杯だった雪美はバレないように振り返り、笑顔を向けた… その瞬間、咲夜は雪美の体を抱きしめる。
「は、離して… 」
突き放そうとするが雪美の体を咲夜は離そうとせず…
「ゆき、何があった?」
雪美の態度に何か理由があると察した咲夜は、雪美の顔を覗き込み問いかけた。
雪美は咲夜の胸元を押し、目の前の大きな八重桜を見つめる。
優しい声が、胸の奥を抉る。
「… 私が申又の思い通りにならなかったから」
咲夜の腕がわずかに強張る。
「さくは死んだと聞かされた。でも私は信じなかった、それが気に入らなかったらしくて、気付いたら私は売られていた」
沈黙。
「遊郭ではね、さくが前に私みたいだと言った八重桜から名前を貰って… " やえか " って名前にしたの」
痛々しく無理して笑おうとする雪美を見た咲夜は後ろから抱き締め、そのまま正面を向かせ、雪美と向き合う。
「私は八重桜。今日水揚げに… 」
咲夜は正面に回り、強く言った。
「お前は雪美だ。そんな名はいらん!」
その一言で、堰が切れた。
逃げたい。
抱きしめてほしい。
このまま連れて行ってほしい。
けれど…
「お別れです。さく、私はもう戻れない」
咲夜の言葉に涙が溢れる…
それでも、振り払って雪美は走った。
雪美は泣きじゃくりながら走って走って… 気崩れた着物を整え、待たせていたキリシマと遊郭に戻る。
「待たせてごめんなさい」
「… いえ、それに女が生きる道はここしかない訳ではないですよ」
雪美の頬を伝い、乾いた涙の跡を見たキリシマはそれ以上何も言わず微笑む。
許されるならそうしたい。
人の気持ちも知らないで… この人は一体私に何が言いたいの?
「あなた、突然私の付き人になったけど一体何者なの!?」
「… やっと聞いてくれましたね。ゆりねから頼まれ、雪美様のそばにと言われここに潜り込んでおります」
この人さくの… 政条家の…
小声で打ち明ける、キリシマの話しを聞いた雪美は色々察し、目に涙を浮かべながら微笑み返した。
「雪美様今日の水揚げ… ギリギリまでお伝え出来ませんでしたが、雪美様を水揚げされる方は申又らしいです… 」
「は?絶対に嫌!!」
キリシマの話しを聞き、溜め息を吐いた雪美は断固拒否。
遊郭に売られ、あの男から解放されたはずなのに… 初めての客が申又?
まだあの男の支配下に置かれるの?… それだけはシんでも嫌。
初見世の時間はどんどん近付く。ここに来てもまだあの男は私を…
-- だが、物語はそこで終わらなかった。