鏡と前世と夜桜の恋

初見世の刻限が迫る頃、楼内が騒ついた。
何事だろうと階段から覗いた雪美の目に映ったのは、咲夜の背中だった。
「ゆきの… 八重桜の水揚げは俺がする!」
楼主に向かい、堂々と立つ姿。
店まで乗り込み、楼主に直談判する咲夜を見た雪美は… 泣きたくなる気持ちを必死で抑えた。
「ですが八重桜の水揚げは他のお客様が… 」
咲夜は用意して来た有り金、全てを楼主に投げ渡す。
「これで足りなければ、政条家に文を出せば金は出る」
" 政条家 "
その名が出た瞬間、空気が変わる。
「あ、あの政条家のご子息…!」
咲夜の家柄を知った楼主は咲夜に対しコロッと態度を変え、何度も深く頭を下げ始める。
「あ、あの政条家の… 」
顔の表情が緩みっぱなしでにやにやする楼主… 店側からすれば、大きな財力を持つ咲夜はかなりの上客になる。
「大変失礼致しました… 勿論ですよ!八重桜を大至急、ご用意します」
「咲夜様も色々大変でしたね… 濡れ着を着せられ、罪人にされた身ながらも、自らの力で無罪放免を勝ち取り全て明かしたやり手のご次男だと噂も聞いております」
楼主は顔色を変え、何度も頭を下げる。
咲夜は静かに言い放つ。
「噂などどうでもいい、俺はあの女を買う」
階上で雪美の喉が詰まる。
" 買う "
その言葉の冷たさと裏にある決意の熱。
「さく… 」
「金は言われた額を出す、さっさと用意しろ!」
自分は“ 救われる ”のか。それとも、別の檻へ移るだけなのか。
春の夜は、残酷なほどに美しく… 満開の八重桜が、静かに花弁を散らしていた。
「まだ金がいるなら幾らでも用意する。八重桜の水揚げは俺がする!!」
楼主の座敷に、咲夜の声が響き渡った。
障子越しに差仕込む月明かりが咲夜の横顔を染める。その眼差しは冗談でも見栄でもない。まっすぐで揺るがない。
「それに無罪放免とは、おすず達に着せられた疑いは晴れたということ… 」
「そういうことだ、俺は無罪だ」
楼主は静かに頷いた。
雪美は思わず胸元で両手を握りしめた。
(良かった… 本当に… )
その様子を見ていたキリシマが、くすりと笑う。
「愛されていますね」
雪美は真っ赤になって俯いた。