鏡と前世と夜桜の恋
花街の灯が一つ、また一つとともり始める頃。奥座敷には、かすかに香の匂いが漂っていた。
「…あ…」
小さな声が、白い襖の内にこぼれる。
布団の上で、雪美の身体がわずかに震えた。
触れられるたびに、胸の奥が熱を帯びていくのを感じる。
「ゆきは… 本当に艶だな」
低く囁く声。
振り返らずとも分かる
背後にいるのは咲夜。
「そんな事… 言わないで… // 」
雪美は恥じらうように首を振り、咲夜の髪をくしゃりと撫でた。
からかうようなその声音に頬が熱くなる。
それを見た咲夜は喉の奥で笑う。
「照れておるのか」
その手が、そっと雪美の腰に添えられた。
花魁として幾度となく男の視線を受けてきたはずの身体… だが、不思議と今は違う。
咲夜の手に触れられるだけで、心の奥まで見透かされるようだった。
「…待って // 」
雪美は小さく呟く。
だが咲夜は耳元で静かに囁いた。
「案ずるな」
その声は落ち着いていて、どこか優しい。
「俺に任せておけばよい」
言葉とともに、二人の体温が重なる。
その瞬間。
雪美の身体が、びくりと震えた。
「ん… // 」
胸の奥に、今まで知らなかった熱が灯る。
じわりと広がる感覚に、息が浅くなる。
布団を握る指に力がこもった。
「さく… 」
「痛むか?」
「んーん… // 」
思わず名前が漏れる。
咲夜は雪美の背に視線を落とし、ふっと微笑み小さく答えると、咲夜は動きを緩めた。
「すぐに慣れる」
低く落ち着いた声。
それが不思議と心を落ち着かせる。
花街の喧騒も、この座敷までは届かない。
聞こえるのは、二人の静かな息遣いだけ。
やがて雪美の肩がわずかに震えた。
「… 気持ちよくなってきたか」
咲夜がからかうように言う。
「ばか… // 」
雪美は顔を赤らめて恥ずかしさから首を振るがその声は、どこか甘い。
咲夜はその様子を見つめ、低く笑った。
「っ… // 可愛いな、ゆ、き… 」
甘い夜はゆっくりと更けていく。
やがて全てが静まり、灯りの揺れる座敷には穏やかな空気が残った。
雪美は疲れたように布団へ身を沈める。
咲夜はその髪を、指先でそっと撫でた。
しばしの沈黙。
そして、ぽつりと呟く。
「… このまま、お前を身請けする」
その声は静かだが、迷いはない。
無罪放免となった今、咲夜はもう罪人ではない。胸を張って雪美を迎えられる。
「…ゆき」
二度と離すつもりはない。
その思いを込めて髪を撫でると、雪美は薄く目を開けた。
「… 嬉しい」
小さくそう言い、安心したように瞼を閉じる。外では春の夜風が柳を揺らしていた。