鏡と前世と夜桜の恋
-- 翌朝
店の空気はいつもとまるで違っていた。まだ日も高くないうちから、奥も表もざわついている。

理由はひとつ。
八重桜の “ 身請け ”の話だ。
「政条家の次男が来てるらしい」
「しかも相手は、あの新入りの生意気な八重桜だってさ」
女郎達のひそひそ声が廊下を走る。
面白くない顔をする者も少なくなかった。
売られてきてまだ間もない女、それなのに大金で身請けの話が持ち上がるなんて…
女将もまた、表向きは落ち着いていながら、内心は揺れていた。
相手は名のある家の次男であり、八重桜のことになると金に糸目をつけない。
提示された額を聞いた瞬間
普通なら息を呑むような大金だったが… 咲夜は、眉一つ動かさない。
「わかった、ならばその倍出す」
場が一瞬で静まり返る。
「だから他の奴から八重桜に来た身請けの話は、全て断ってくれ」
さらに畳みかけるように続けた。
「もし誰かが同じ額を出したら、俺は更にその倍払う。それでも来るなら、またその倍だ」
言葉は静かだが、有無を言わせない圧があった。
つまり――
" 誰も、割り込めない "
金で完全に道を塞いだのだ。
女将は一瞬だけ迷いを見せたが、すぐに深く頭を下げる。
「… 承知いたしました」
金が動けば従う。それがこの世界の掟だった。そして咲夜は、最後に決定的な一言を落とす。
「今日から八重桜の客は、俺だけだ」
座敷の空気が張り詰める。
「俺以外、誰一人通すな」
それは願いではない、命令だった。
店の者たちは顔を見合わせながらも、従うしかない。
こうして、雪美は
完全に、咲夜一人のものになった。