鏡と前世と夜桜の恋

その日を境に、八重桜ならぬ雪美の元に咲夜は毎日足繁く通うようになった。







雪美を買い受ける為、それまでの間だけでも、他の男の手には触れさせまいとするかのように。

逢瀬を重ねるたび二人の距離は縮まり、夜ごと肌を重ねては、離れがたさを深めていく…

いずれ来る『身請け』の日を信じて。


それが、雪美の拠り所。

-- ある夜

雪美は店先に出て、灯りの下で筆を走らせていた。誰に見せるでもない、胸の内を綴るだけの詩。

今宵も、あの人が来る…
そう思うだけで自然と口元が緩む。

だが。

「おい!!!」

低く濁った声… 京に戻って来た申又は苛立ちを隠すことなく雪美に声を掛けた。


「… 帰るぞ!!!」

その目には、執着と歪んだ所有欲が宿っていた。

雪美を、取り戻す。
たとえ、どんな手を使ってでも…

気配に気づき、顔を上げた瞬間、雪美の顔は血の気が引いた。

二度と会うことはないと、そう思っていた男がそこに立っていた。


「お前は家に戻るんだよ!!!」

怒声が夜気を裂く。

次の瞬間、雪美の髪が乱暴に掴まれた。

「っ… 痛っ… 申又、やめ… !」

「黙れ。俺はあのクソガキにくれてやるために、お前をここに入れたんじゃねえ!」

強引に引きずられ
足がもつれ、地面を擦る…

「や、やだ!!離して…!!」


雪美の叫び声は、店の奥まで響いた。

「… 何の騒ぎだ」

低い声とともに即座現れたのは、キリシマだった。

一瞬で状況を見抜くと、迷いなく申又の腕を掴み、そのままねじ伏せる。

「花魁に手出すなんざ、ご法度だ。会いたきゃ金積みな」

キリシマは冷ややかに言い放ち力任せに引き剥がす。







「… っ、覚えてろよ!」

地面を睨みつけ、申又は歯ぎしりする。

「雪美、覚えておけ、父と母に頼んででも絶対に連れ戻すからな!!!」

吐き捨てるように言い残し、踵を返した。

「…嫌… 」

その背を見送りながら雪美の唇が震える。


「絶対に戻りたくない… 嫌… いや… いや… 」


繰り返される拒絶。

「雪美様… 」

身体は小刻みに震え、雪美の指先は冷えきっていた。

申又は、どこまでも執念深い男だ。

一度決めたことは何をしてでも成し遂げるその恐ろしさを雪美は誰より知っている。

キリシマはそんな雪美を一瞥すると、短く言った。

「… 咲夜様が来るまで部屋に戻りましょう」

逆らう余地などない声だった。

雪美はただ頷き、導かれるまま奥へと消えていく。

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