鏡と前世と夜桜の恋
ーー 同日の夜。
今宵もまた、雪美を買いに来たのは咲夜であった。
座敷の灯りはほの暗く、外の喧騒が遠くに霞む中、雪美の膝に頭を預けるようにして、咲夜は静かに目を閉じている。その髪を、雪美は指先でそっと撫でた。
「… 今日、申又が来たの」
震えを含んだ声に咲夜のまぶたがわずかに動く。

「キリシマから、全部聞いた」
言葉を重ねるほどに、胸の奥が締めつけられる。雪美の指は無意識のうちに強く咲夜の髪を掴んでいた。
「… 私は、またあそこに戻されるかもしれない」
一度息を呑み、そして小さく笑う。
「だから、さく… もう、いいよ? 幸せだった、この数日… ほんとうに… 」
その笑みは、どこか壊れそうで怯えを隠しきれていなかった。
次の瞬間。
「ふざけるな」
咲夜は勢いよく身を起こし、そのまま雪美を畳へと押し倒した。驚きに目を見開く雪美を、真っ直ぐに見据える。
「良い訳ないだろうが」
「 …っ、さく… 」
強く掴まれた肩。逃げ場を失った身体は、震えを帯びる。怖いはずなのに、その眼差しから逸らせない。
「もういい、とは何だ」
怒りと焦りが混ざった声が、胸の奥に響く。
「… 黙れ」
雪美はびくりと身を震わせる。
「俺に抱かれ足りないから、そんな言葉が出るんだよ!!!」
「さく… 」
「心も身体も全部俺で満たされていれば、そんなこと、言うはずがない!! 」
その言葉は乱暴でありながら、どこか必死で、切実だった。
「… ごめんなさい」
雪美の瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
諦めの自分と、縋りたい自分。その狭間で揺れながら、ただ咲夜を見つめるしかなかった。
やがて、咲夜は雪美を強く抱き寄せる。
言葉ではなく、触れることで確かめるように。離したくないと訴えるように。
雪美もまた、その腕の中で、逃げることをやめた。
怖さも、不安も、すべて押し流すように… ただ、咲夜の存在に身を委ねた。