鏡と前世と夜桜の恋
返事は、当然ない。
だが、それでも問いかけずにはいられなかった。
懐から取り出したのは、小さな万華鏡。
陽の光を受け、かすかに輝くそれを見つめ、咲夜はふっと笑った。
「これは… 蓮稀と鈴香から、俺とゆきへの結婚祝いだって聞いたよ」

咲夜の笑みは柔らかい。
だが、その奥で、今にも崩れそうな何かを必死に堪えている。
「… 蓮稀は気が早いよな」
ぽつりと零す。
「でも、お前らしいな… 」
万華鏡を、そっと墓前に置く。
指先が一瞬、離れがたそうに触れたまま止まる。
「これは一度、返す」
静かな声だった。
「全部終わらせる。ゆきと… ちゃんと太陽の下で生きられるようになったら」
風が吹く。
木々がざわめき、どこか遠くで鐘の音が響いた。
「その時に取りに来る」
顔を上げる。
「次は、ゆきと二人で来るから」
言い切るその声音には、揺るぎない決意があった。
だが――
「… 本当はさ」
小さく、呟く。
「話したいこと、いっぱいあったんだ」
拳が、わずかに震える。
「あの時のことも、これからのことも… 全部」
咲夜は唇を噛む。
それ以上は、言葉にならず…
もう、叶わないと思っているからだ。
どれだけ願っても、どれだけ呼んでも… 蓮稀は、ここにいない。
「……」
再び深く手を合わせる。
長く、長く。
そして、ゆっくりと目を開いた。
立ち上がる動作は静かだったが、その背には、確かな重みが宿っていた。
涙は、零れない。
もう零さないと決めている。
空を見上げる。
澄んだ春の空が、やけに遠く感じた。
「蓮稀」
声は、少しだけ強くなる。
「聞こえてるか」
返事はない。
それでも、続ける。
「泣いてなんかないぞ」
わずかに口元が歪む。
「俺は弱くない」
一歩、踏み出す。
「弟だからって… もう子供扱いさせない」
その言葉は、誰に向けたものだったのか。
蓮稀か。
それとも――過去の自分か。
答えは、咲夜自身にも分からない。
だが確かなのは、その一歩がもう後戻り出来ない場所へ向かっているということだった。
寺を後にし石段を下りる途中…
ふと、思い出す。
京で受け取った一通の文。