鏡と前世と夜桜の恋
「… 頼む」
ゆりねは頷き、手際よく紅を引く。咲夜の唇に朱が差され、着物が重ねられていく。

黒を基調とした艶やかな衣装。整えられた髪、飾り。鏡に映るその姿は、もはや一人の花魁だった。
元々整った顔立ちは、女としての美しさに昇華される。可憐というよりも、息を呑むほどの妖しさ。
声を発しなければ、誰も男とは思わない… それ程美しかった。
すべての支度を終えた咲夜は、静かに部屋を出る。
足取りは迷いなく、目的の部屋へと向かう。
襖の前で一度だけ呼吸を整え
「失礼いたします」
声色を柔らかく変え、頭を下げる… 部屋にいた申又は、その姿に目を奪われた。
疑う余地もなく、“ 女 ” だと信じ込んだ申又は咲夜だと気付かず鼻の下を伸ばす。
「初めて見る顔だな。名は?」
「… ゆりねと申します」
伏せた視線、控えめな仕草。そのすべてが演技であることを、誰が見抜けただろう。
申又はいやらしい笑みを浮かべると、待ちきれない様子で距離を詰める。
だが次の瞬間、状況は反転した。
押し倒されるはずの咲夜が、逆に申又を床へと叩きつけ、馬乗りになる。
「な、なっ……!」
「久しぶりだな。まだ分かんねえのか?」

低く戻った声。
目の前の“女”が誰なのか、その瞬間に理解した申又は凍りつく。
「お、俺に何かしてみろ!母も町奉行所も黙ってな… 」
「お前に手を出したら?」
鼻で笑う咲夜の声には、一切の温度がなかった。
危機を悟った申又が叫ぼうとした瞬間、口を塞がれる。
「な、何する気だ… んんっ!」
「ゆきを解放しろ。さもなくば刺す」
小刀の刃が、ためらいなく向けられる。
「… 離せ!!なぜこの俺が… 」
抵抗の言葉は、最後まで続かなかった。
一瞬の躊躇もなく、咲夜は小刀を振るう。
鈍い音と共に、申又の視界が赤く染まった。
「… っ!!」
声にならない悲鳴。布を口に押し込まれ、ただ苦悶するしかない。
咲夜は冷ややかな目で見下ろす。