鏡と前世と夜桜の恋
――その頃。
村外れの河原では冷えた風が草を揺らしていた。
「… ゆき」
咲夜は独り、川辺に立っていた… ここは咲夜が提示した約束の場所。
必ず来る、ゆきはきっと来る、絶対に咲夜は疑わず一途に信じていた。
日はとっくに傾き、川面には空に輝く星達が綺麗に反射し、鏡のように自らの姿を映していた。
それでも咲夜は動かなかった。
流れてゆく川を見つめながら、ただ待ち続ける。
心だけがじわじわと不安に侵されていく。
――何かあったのではないか。
――捕まったのではないか。
――まさか。
嫌な考えばかりが脳裏を過ぎる。
それでも咲夜は首を振った。
「ゆきは来る、絶対… 」
まるで自分に言い聞かせるように… だが、待てども待てども雪美の姿は現れない。
その時だった。
「居たぞ、彼奴だ!!」
怒号と共に提灯の灯りが闇を裂いた。役人と岡っ引き達が河原へ雪崩れ込んで来た。
咲夜は舌打ちした。
「… ちっ」
刀に手を掛けようとしたが多勢に無勢。瞬く間に腕を掴まれ、地へ押さえ付けられた。
「離せ!!」
暴れる咲夜。
その脳裏に浮かぶのは、雪美の顔だけだった。
――ゆき、何故来ない。
――どうして。
――必ず迎えに来ると約束したのに
一瞬の隙を突き咲夜は強引に腕を振り払った。
役人の身体がよろめく。
咲夜はそのまま森へ飛び込んだ。
枝が頬を裂き、草履が泥に沈む。
それでも走る。
息が切れようと足がもつれようと。
胸の奥が痛い…
追手の声が遠く響くが咲夜の耳にはもう別の音しか残っていなかった。
河原で待ち続けた静かな時間と来なかった雪美。
「… ゆき」
声が掠れる。
「なんで… 」
森の奥で立ち止まり、咲夜は震える拳を握った。
「信じてたのに… 」
ぽつりと零れたその言葉は夜の闇に呑まれ、誰にも届かなかった。
森の奥へ消えた咲夜を追い、数人の警察官たちは懐中電灯を向けながら山道を進んでいた。
「まだ遠くへは行っていないはずだ!」
「足跡を見失うな!」
夜風が木々を揺らし不気味な音を立てる。