鏡と前世と夜桜の恋
零れる灯りを最後に見つめる。
その中で雪美は申又のために動いているように見えた。
咲夜は踵を返した。
もう声を掛けることは出来ず、木々の間を抜けながら夜の道を歩く。
長崎へ続く長い帰路…
月明かりだけが咲夜の背を照らしていた。
その頃。
部屋の中では雪美が静かに拳を握る。
(待ってて、さく)
誰にも聞こえない声。
(絶対に守るから)
(今度こそ私があなたを助ける)
涙を堪えながら微笑み続ける。
その想いは届かない。
森を越え、山を越え、遠ざかる咲夜には… 月だけが雪美の本音を知っていた。
互いを誰より大切に想いながら、互いのために戦う。

汽車に乗りおすずの屋敷へと戻った頃には、夜はすっかり更けていた。
襖が開く音。
居間にいたおすずと陽菜が顔を上げる。
「また小娘のところかい!!」
その声に咲夜は何も答えない。
土や血で汚れた着物に虚ろな瞳…
まるで魂だけがどこかへ置き去りになったような姿だった。だが、おすずと陽菜はそんな様子を気遣うこともなく眉を吊り上げる。
「何処行ってんだい!アンタの相手は陽菜だ、勝手なことをするんじゃないよ!!」
鋭い声が部屋に響く。
咲夜は無言で否定もしない… その態度だけで答えは十分だった。
「まだあの小娘に執着しているのかい!」
おすずが机を叩く。
その瞬間――
隣に座っていた陽菜が立ち上がった。
「嫌」
ぽつり。
だが次第に声が震え始める。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だあああああ…!」
陽菜は髪を掴みながら叫んだ。
「咲夜さんは私の物なのに、いやあああああ!!!」
目を見開き狂気じみた笑みを浮かべる。
「私だけを愛してくれるって、私だけを見てくれるってこの前誓ったのに!!」
くすくす。
くすくす。
笑い声が止まらない。
「あの子いらない、消えればいいの… 存在自体いらない、咲夜さんの隣にいるのは私なんだから」
「私」
「わーたーしー!!!」
最後には笑いながら床の座り込んでいた。その姿を見てもおすずは止めず、むしろ満足そうに頷き、ふと何かを思いついたように目を細める。
「もう隠す必要もないね」
陽菜が顔を上げた。
「え…!?」
おすずはゆっくり笑う。
「そろそろ公に明かそうじゃないか、2人の関係を」