鏡と前世と夜桜の恋
秋桜畑の中で雪美を待っていると、やがて遠くから駆けてくる小さな人影が見える。
「さく!」
少し息を切らしながら現れた雪美は、いつものように明るく笑っていた。
「ごめんね、待たせちゃった」
その笑顔を見た瞬間、咲夜の胸は締め付けられる…
これが最後になる。
そう思うだけで喉が詰まりそうだった。
何も言わず、咲夜は雪美をそっと抱きしめる… 秋桜が風に揺れ、二人を優しく包み込んだ。

「どうしたの?」
不思議そうに笑う雪美。
咲夜は目を閉じ、小さく息を吐く。
「… 俺は、祝言を挙げることになった」
雪美の身体がぴくりと震えた。
「だから… もう、お前とは一緒にいられない」
笑っていた雪美の表情からゆっくりと笑顔が消えていく。
「… うそ、だよね?」
震える声で尋ねる雪美。
「ずっと一緒だって言ったじゃない… 」
その瞳には涙が浮かび始める。
「ずっと守ってくれるって… 約束したのに」
咲夜は今にも抱き締め直してしまいそうになる衝動を押し殺した。
本当は違う。
本当はゆきだけを守りたかった。
だが、その想いを口にすることはできない… ゆきを守る為には、自分が嫌われるしかない。
咲夜は震える拳を握り締め、涙を飲み込む。
「… もう疲れたんだよ」
雪美は信じられないという表情で首を横に振る。
「お前みたいな御荷物、もういらない」
その言葉は雪美の心だけではなく、咲夜自身の心も深く深く傷つけた。
雪美の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「さく、なん… で… 」
呼び止める声にも振り返らず、咲夜は秋桜畑を後に… 夕日に染まる秋桜だけが、泣き崩れる雪美を静かに見守っていた。
その足で咲夜が向かった先は、陽菜の待つおすずの屋敷だった。