鏡と前世と夜桜の恋
陽菜の咲夜への想いは日を追うごとに強くなり戻れない。やがて愛情と執着の境界すら曖昧になっていく。
咲夜はそんな陽菜を静かに受け入れた。拒絶も、期待もない。
ただ与えられた役目を果たすように、心を失った武士が命令に従うように…
その姿はあまりにも静かで、あまりにも哀しかった。
… 誰も知らなかった、気付かなかった。
優しく微笑む男は仮面の裏で、咲夜という人間は少しずつ、音もなく壊れ続けているということを。
それから数日後――。
政条家の屋敷は、朝から華やかな祝いの空気に包まれていた。人々は咲夜の晴れ姿をひと目見ようと屋敷へ集まる。
「政条家の次男・咲夜様、ご婚礼――!」
誰もが祝福していた。
けれど、その祝福の中に一人だけ、胸が張り裂けそうな想いを抱えた女がいた… そう、雪美だった。

陽菜はわざと雪美を婚礼へ招いた。
祝いのためではなく咲夜が自分を選んだ、自分が勝ったことを見せつけるため。
「あら〜ゆきちゃんちゃんと来てくれたのね」
陽菜は白無垢姿のままゆっくり雪美へ歩み寄る… その口元には、隠そうともしない勝ち誇った笑み。
「咲夜さん… 私を選んでくれたの❣️」
耳元で囁く陽菜の声は優しかったが、言葉の内容は雪美には鋭い刃のようだった。
「あなたじゃなくて私なのよ。わ、た、し❣️」
雪美は何も返せず、胸の奥で何かが壊れていく音だけが聞こえていた。
そしておすずも近くの者たちへ聞こえるように笑った。
「政条家には陽菜がお似合いだよ!」
周囲が笑う。
おすずはさらに声を張った。
「金貸し屋の娘なんかより、うちの娘の方がよっぽど釣り合ってるじゃないか」
その言葉は、わざと雪美へ届くように放たれた。
胸をえぐるような嫌味だった。
誰も止めない、誰も雪美をかばわない… 祝いの席ではそれが当たり前だった。
雪美はただ静かに俯いた。
反論する資格など自分にはもうない… そう思い込もうとしていた。
やがて、花嫁花婿が並ぶ。
咲夜は黒紋付姿で凛々しく立ち、その隣には満面の笑みを浮かべる陽菜。
雪美の視線は自然と咲夜へ向いてしまう。
(お願い、一度だけでいい)
(一度だけ… 私を見て)
さくなら気付いてくれる。
そう信じていた。
けれど――。
咲夜の瞳は一度も雪美へ向かず、隣の陽菜を見つめ、穏やかに微笑み続けている。
その笑顔は昔、自分だけに向けてくれていた笑顔によく似ていた。
だからこそ、苦しかった。
(もう… 私を見ることもないんだ)
その事実が胸へ静かに突き刺さる。