鏡と前世と夜桜の恋
結婚式から数日が過ぎたーー
咲夜と陽菜の表向きの関係は… 村では " 政略結婚とはいえ、お似合いの夫婦だ " と、囁かれていた。
… とは言え誰も知らない。
夜になるたび、その家から押し殺した泣き声と、女の狂気に満ちた叫びが漏れていることを。
村人は、誰一人知らなかった。
囲炉裏の火が静かに揺れる夜。
陽菜は咲夜の隣へ身体を寄せ、嬉しそうに微笑んでいた。
「やっと全部、私のもの… 」
咲夜は何も答えない。
正式に妻となった陽菜は、咲夜の身体を手に入れ『妻』という立場と肩書きを手に入れた。
… だが、それだけでは足りなかった。
気持ちは全く満たされない
本当に欲しかったのは " 咲夜の心 "
その心だけは、どれだけ抱き締めても自分に向いていないことを、陽菜は誰より理解していた。
咲夜は優しい…
言葉も穏やかで、怒ることもない。
だがその優しさは愛ではなく、責任感から来るものだった。陽菜にはその態度がどうしても気にくわなかった。
ある夜。
陽菜は咲夜に問いかけた。
「… いつまで、ゆきちゃんを想うつもり?」
その名が耳に届いた瞬間… 咲夜の肩がぴくりと震え、胸の奥で、何かが締め付けられるような痛みが走った。
雪美の笑顔
優しい声
手の温もり
その断片だけが胸を刺す…
咲夜は額を押さえ、苦しそうに首を振った。
「ゆき… ?」
掠れた声が漏れる。
「そんな奴いたっけ…?」
名前を聞いただけで涙が出そうになる、陽菜は咲夜の返事の反応に一瞬笑みを浮かべたが、すぐ表情が歪んだ。
「その呼び方よ!!」
陽菜は突然、畳を叩きながら叫んだ。
「その " ゆきちゃん" って呼び方が全部物語ってるのよ!」
咲夜は息を呑む。
「陽菜… 」
「何なのその呼び方!忘れたなら " 誰? " って言えばいいじゃない!」
瞳は大きく見開かれ、狂気に染まっていく。
「無意識でそんな呼び方するなんて… 咲夜さんまだあの子の事好きなんでしょ!?」