鏡と前世と夜桜の恋
昼になると二人は森を歩いた。
手を繋ぎたい。
肩を並べて堂々と歩きたい。
町へ出て、市を眺めながら笑い合いたい。
祭りにも行きたい。
そんな願いは山ほどあった。
だが、それは叶わぬ願いだった。
森を歩く時でさえ、人の気配がすればすぐに手を離す。
「さく… こんな場所でいいの?」
雪美がぽつりと呟く。
咲夜は立ち止まり、静かに雪美の手を包んだ。
「毎日ゆきと会えればどこでも良い」
その言葉に、雪美は胸が締め付けられた。
本当なら、こんな森に隠れて暮らむ必要などない、堂々と夫婦として生きられたなら… 人目を気にせず手を繋ぎ、笑い合い、同じ家へ帰れるなら。
そんな未来を思うほど、現実は残酷だった。
夕暮れが近づく頃になると、雪美は静かに立ち上がる。
「もう… 帰らないと」
その言葉を口にするたび、胸が痛む。
咲夜も引き止めたいはずなのに、一度も " 帰るな " とは言わなかった。
雪美が命懸けで会いに来てくれているのを知っているからだ。
ここに通っていること、申又は知らない。バレたら雪美にどんな罰が待っているかわからない。
申又の屋敷へ戻れば、雪美は別人になる。
「申又様」
深く頭を下げ、忠実な女を演じる。
誰にも疑われぬよう微笑み、命じられた仕事をこなし、申又に優しい言葉をかける。
心の中で咲夜を想いながら。