鏡と前世と夜桜の恋

咲夜のいるログハウスへ通うようになって、幾月が過ぎた。
最初はほんのひとときの逢瀬だった。
こっそり抜け出したり、昼は街へ出かけると言い、少し話をして、少し笑って、それぞれの暮らしへ戻る。
――それだけだった。
けれど人の欲というものは満たされれば当たり前になり消えるものではない。
一度手にした幸福は " もっと " と願わせる。
もう少し一緒にいたい、もう一刻だけ、さくの声を聞いていたい。
そんな小さな願いが積み重なり、いつしか雪美は、ほとんどの時間を咲夜のもとで過ごすようになっていた。
朝、屋敷を出る。
昼を過ぎても戻らない。
夕暮れになっても帰らない。
そして夜――
ようやく戻ってきた雪美の顔には、隠しきれないほどの幸福が浮かんでいる。
それが、何日も続いていた。
「… 雪美はどうした?」
ある日、申又が何気なく女中に尋ねた。
「街へ出ると仰っていましたが… 」
女中から返ってきた返答に、申又はわずかに眉を寄せた。
またか。
忠順になったかと思えば最近、やけに外出が多い… しかも、帰ってきたときの雪美は妙に機嫌がいい。
以前ならば、屋敷に戻れば部屋に引き篭もる時もあり、今では帰ってきてもどこか心ここにあらずだった。
申又は、それ以上何も言わず、ただその日のうちに下の者を一人呼び寄せた。
「雪美の後をつけろ」
「…雪美様のですか?」
「気づかれぬように。ただし、必ず行き先を見届けろ」
男は深く頭を下げた。
その翌日から、雪美の後ろには、ひとつの影がつくようになった。
けれど雪美も咲夜も気付かず… 今となっては二人にとってそんなことなどどうでもよかった。
ログハウスの小さな庭で笑い合い、囲炉裏のそばで語り合い、何でもないことで笑う… 雪美にとっては、それだけで一日が満たされた。
咲夜にとっても同じだった。
誰かに見られているなどとは夢にも思わず、二人はただ、今と言うこの瞬間の幸福に身を委ねていた。