鏡と前世と夜桜の恋
「… もう、俺、無理だ」
低い声だった。
怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からない… ただ、雪美をこのまま帰すことだけは、どうしてもしたくなかった。
「ゆき、逃げよう」
咲夜は雪美の両肩を掴んだ。

「一緒に行こう遠い場所へ。誰も俺達を知らない場所へ行けばいい俺がゆきを守るから」
「さく… 」
「… ゆきが苦しむのは、ゆきに我慢をさせる生活はもう嫌なんだ」
咲夜の声が震えた。
「ゆきがあの屋敷へ戻って、申にまた傷つけられるのは… もう俺には耐えられない」
雪美は何も答えず、ただ咲夜を見つめていた、その瞳には、同じ痛みがあった。
" 私だってさくと一緒にいたい "
けれど、その言葉を口にすれば全てが壊れてしまうような気がした。
「… 今日は、帰るね」
「帰る?」
咲夜の顔からすっと血の気が引いた。
「駄目だ」
「さく… 」
「嫌だ、絶対に嫌、帰すもんか!」
子供のような言葉だった。
けれど、その声には必死さが滲んでいた。
「お願いだから帰らないでくれ。俺と一緒にいてくれ… 」
雪美は困ったように目を伏せた。
「私も… さくと一緒に居たい」
その一言に、咲夜の胸が大きく揺れた。
「気持ちは同じよ… 」
「ならなんで行動しない?」
雪美が顔を上げる。
「俺と居たい、本気でそう思ってんのか?」
「… 本気よ」
「だったらどうして帰るんだ」
… 責めるつもりなどなかった。
ただ、分かってほしかった。自分がどれほど雪美を失うことを恐れているのか。
「俺は、雪美と生きる為に居るんだよ」
咲夜は雪美の手を取った。
「ゆきにずっと笑っていてほしいんだ」
その言葉に雪美の瞳が揺れた。