鏡と前世と夜桜の恋
咲夜が " 雪美 " と呼ぶ時は真剣な話しをする時、雪美は自分の名を呼ばれドキッとした。
「ゆきが傷つけられるたび、何もできない自分が嫌になる。だったらいっそ全部捨ててしまえばいい。名前も家もあの一族との縁も… 」
「…できないの」
雪美が小さく首を振る
「あの一族から離れられない… 」
「なんでなんだよ!」
怒鳴る咲夜に対して吐き出しかけた言葉を慌てて飲み込む雪美。
自分が逃げれば、きっと咲夜に手が伸びる。雪美だけがいなくなるなら、それで済むのかもしれない…
咲夜まで巻き込みたくなかった。
「守りたいの、さくを… 」
「そんなの、守ってることにならない」
「私にはそれしかできないから… 」
互いの手が、強く握られた。
離れたくない。
連れて行きたい。
守りたい、守られたい… そのどれもが本当だった。だからこそ、二人の想いはぶつかった。
「俺はゆきを失ってまで生きたくない」
「私はさくを危険に晒してまで逃げられない」
「… ゆき」
「… さく」
名前を呼ぶだけで、胸が痛んだ。
好きだからこそ、譲れなかった。
好きだからこそ、相手を傷つけたくなかっただけなのに愛しているという同じ気持ちが、ただ、ぶつかり合った。
やがて雪美は、そっと咲夜の手をほどいた。
「… ごめんなさい」
「… どうしても帰りたいのか?」
「うん」
「本当に?」
雪美は答えなかった。
ただ、戸口へ向かう前に一度だけ振り返った。その顔は雪美のいつもの穏やかな笑みが浮かんでいた… が、咲夜には泣いているように見えた。