鏡と前世と夜桜の恋
「今日は偵察だって言ったろう」
「でも… 」
陽菜が家を見つめる。
「すぐそこにいるのに」
その声が、急に甘くなる。
「会いたいなぁ… 」
おすずは何も言わなかった。
陽菜の興奮する横顔を見て、背筋に薄い寒気を覚えていた。この娘は、本当に咲夜を連れ戻したいだけなのだろうか。
それとも――。
「陽菜」
「なぁに?」
「もし咲夜さんが帰らないって言ったら、どうするんだい?」
陽菜の笑顔が止まった。
ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ、表情から感情が消える。
そして… また笑った。
「帰らないなんて言わないよ。だって… 」
陽菜は家を見つめたまま静かに言った。
「咲夜さんが帰りたくない理由を、私が全部消してあげればいいの」
おすずは黙った。
陽菜は嬉しそうに続ける。
「咲夜さんの周りにいる人も、咲夜さんを迷わせる害虫も… 」
「… 陽菜」
「全部なくなれば、咲夜さんは私のところへ帰ってくるでしょう?」
その声はとても穏やかだった。
あまりにも穏やかで… だからこそ、怖かった。
風が木々を揺らすログハウスの窓には、夕暮れの光が差している。
陽菜はその光を見つめながら、まるで愛しい人の帰りを待つ妻のように微笑んだ。
「帰るよ!」
おすずが言った。
「また来ればいい。咲夜さんがここにいることは分かったんだからね」