鏡と前世と夜桜の恋

「今日は偵察だって言ったろう」

「でも… 」

陽菜が家を見つめる。

「すぐそこにいるのに」

その声が、急に甘くなる。

「会いたいなぁ… 」

おすずは何も言わなかった。

陽菜の興奮する横顔を見て、背筋に薄い寒気を覚えていた。この娘は、本当に咲夜を連れ戻したいだけなのだろうか。


それとも――。

「陽菜」

「なぁに?」

「もし咲夜さんが帰らないって言ったら、どうするんだい?」

陽菜の笑顔が止まった。

ほんの一瞬。

ほんの一瞬だけ、表情から感情が消える。

そして… また笑った。

「帰らないなんて言わないよ。だって… 」

陽菜は家を見つめたまま静かに言った。


「咲夜さんが帰りたくない理由を、私が全部消してあげればいいの」

おすずは黙った。

陽菜は嬉しそうに続ける。

「咲夜さんの周りにいる人も、咲夜さんを迷わせる害虫も… 」

「… 陽菜」

「全部なくなれば、咲夜さんは私のところへ帰ってくるでしょう?」

その声はとても穏やかだった。

あまりにも穏やかで… だからこそ、怖かった。

風が木々を揺らすログハウスの窓には、夕暮れの光が差している。

陽菜はその光を見つめながら、まるで愛しい人の帰りを待つ妻のように微笑んだ。

「帰るよ!」

おすずが言った。

「また来ればいい。咲夜さんがここにいることは分かったんだからね」

< 267 / 278 >

この作品をシェア

pagetop