鏡と前世と夜桜の恋
「うん」
素直に頷いた陽菜は、帰ろうとするおすずの後ろで… 全く動かなかった。
「陽菜?」
「… もう少しだけ」
陽菜はログハウスを見つめる。
「ここにいる」
「何をするんだい?」
「咲夜さんが帰ってくるところを見たいの」
「帰るところ?咲夜さんは家に居るんじゃなかったのかい」
「いる、咲夜さんのことなら何でもわかるから。それでもいいの、咲夜さんの姿を一目で良いから今すぐ見たいの。今すぐに!!帰って来ないかなあ… 」
陽菜の話しは矛盾だらけだった。
「咲夜さんが帰ってくる場所を、私が知ってることが嬉しいの、子供の為にきっと街を離れて努力してるのよ❣️」
突然大声で笑い出す陽菜、そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「… もう逃げられないからね、咲夜さん」
その言葉だけが夕暮れの森に静かに落ち、ログハウスの周囲には、相変わらず人の気配がない。
「ふふ、連れて帰る」
おすずは家を見上げ、隣に立ち腹を撫でる陽菜へ目を向けた。
「… もう行くよ」
「うん」
陽菜は素直に返事をした。
けれど、その視線だけは最後までログハウスから離れなかった。
「今日は留守だったみたいだねえ」
おすずが肩をすくめる。
「咲夜さんは今日はたまたま運が良かったんだよ。私達が来た時にいなくてね」
「… 運が良かった?」
陽菜がぽつりと聞き返す。
おすずも陽菜の異常さには薄々気付いていたが見て見ぬ振り…
「咲夜さんがいたら、どうするつもりだったんだい」
「連れて帰る」
あまりにも迷いのない答えだった。その時の背筋が凍るような微笑みを見て、おすずはそれ以上聞かなかった。
二人は来た道を戻り始める。

落ち葉を踏むたび乾いた音が森の中へ響く… 暫く歩いたところで、陽菜がふと振り返ると木々の向こうに家の屋根がわずかに見えた。
「また来るね❣️」
誰に言うでもなく陽菜は呟いた。
「今度は咲夜さんに会えるといいな、やっと居場所が分かったんだもの」
その声には、不安など微塵もなかった。
「ふふっ、もうどこにいるか分からないなんてことはないでしょう?」
この子は咲夜さんに依存し過ぎて喜怒哀楽が激しい… おすずは何も答えず歩き続けた。
二人の姿が森の奥へ消えていく。
それからしばらく経った頃… 別の道から一人の男がログハウスの家に向かって歩いてきた。
… 咲夜だった。