鏡と前世と夜桜の恋
まだ何も感じないが、少し膨らんだ腹。ここにいるんだ… 自分とさくの子が。
「… 産みたい」
ぽつりと、雪美は呟いた。
「この子を… 産みたいです!!」
涙を拭いながらもう一度言う。
「さくとの子だから… 」
その名前を口にしただけで、ドキドキして胸が締めつけられた。
咲夜。
私を大切にしてくれた人。
私が心から愛した人。
その人との間に宿った小さな命…
こんな奇跡があるなんて、夢見た咲夜との家族、どれほど幸せなことだろう。
きっと申又や陽菜、おすずが黙っていない… それでも、何があってもこの子だけは守りたい、雪美はそう思った。
外へ出ると空はもう茜色に染まっていた。
雪美はしばらく立ち止まり、深く息を吸った。
泣いていてはいけない。
怯えていてはいけない。
帰らなければ。
申又のいる屋敷へ。
そして――伝えるのだ。
雪美は足を速めた。
屋敷へ戻った頃には、夕暮れをとうに過ぎていた。
薄暗い部屋の中に、申又がいる… 雪美は入口に立ったまま、しばらく何も言えなかった。
怖い。
それでも、もう決めた。
雪美は腹にそっと手を添えた。
そして、まっすぐ申又を見た。
「… 話があります」
申又が顔を上げる。
「何だ」
雪美は震える唇を結び、一度だけ息を整えた。
「私… 」
声が震えそうになる。
それでも伝えた。
「さくとの子が出来ました」
部屋の空気が止まった。
申又の顔から表情が消える。
雪美は続けた。
「だから… 別れて欲しいの」
沈黙。
長い、長い沈黙…
その沈黙が雪美は怖かった。