鏡と前世と夜桜の恋
けれど、腹に添えた手だけは離さなかった。
「この子は私が産みます」
その言葉を聞いた瞬間。
申又の表情が怒りに歪んだ。
「… ふざけるな」
低い声。
雪美が一歩後ずさる。
「本当のことです。私は… 」
最後まで伝えることは出来ず、申又の怒りが爆発し雪美は腹を蹴られて畳へ倒れ込んだ。
「… っ!」
反射的に腹を庇う。
痛みより先に、頭に浮かんだのは腹の中の小さな命だった。
" この子を守らなきゃ "
雪美は必死に身体を起こすが恐怖から申又の顔を見ることができない。
怖い。
このままここにいたら、この子まで傷つけられる… そう思った瞬間、雪美は立ち上がった。
「隠れて会っていたことは知っていた、このアバズレが… アイツの子など産ませるものか!!」
申又は大きな怒鳴り声をあげ、また雪美に暴力を振るおうとする。
「…い、嫌… !」
初めて申又にはっきり嫌だと声を上げた。
申又は驚き一瞬動きが止まった瞬間、雪美は慌てて屋敷の外へ飛び出した。
夜の街を雪美はお腹を押さえながら夢中で走った。
息が苦しい。
足も震える。
泥だらけになっても殴られた場所が痛んでもそれでも止まらなかった。
向かう場所は一つしかない。
" 咲夜のいる場所 "
あの森の中にあるログハウス。
「さく… 」

涙を流しながら雪美は名前を呼んだ。
会いたい、今すぐに会いたい。
伝えたい。
あなたの子がいる。
私は、この子を産みたい。
そして――
この子を守りたい。
暗くなった山道を、雪美は腹を庇いながら必死に走り続けると小さな明かりが見え始める。
咲夜のいるログハウス… 雪美は涙を拭うこともせず、その明かりへ向かって走った。