鏡と前世と夜桜の恋
夜の森は、深い静けさに包まれていた。
木々の隙間からぽつりと小さな灯りが見える… 雪美はその灯りだけを頼りに走っていた。
何度も足を取られ、何度も転びそうになりながらそれでも止まらなかった。
白い着物は乱れ泥だらけ。着物には乾きかけた血が滲み申又に殴られた痣がいくつも残っていた。
それでも雪美は走った、咲夜のいる場所へ…
そしてようやく、ログハウスの前まで辿り着いた。
扉が開く。
「ゆき?何があっ… 」
驚きと心配する咲夜の顔を見た瞬間、雪美の張りつめていた糸がぷつりと切れた。
「… さく… 」
雪美は何も言えないまま、咲夜の胸へ飛び込んだ。

咲夜は一瞬、何が起きたのか分からなかった。
だが、腕の中の雪美の身体が震えていることに気づくと、すぐに強く強く抱きしめた。
「ゆき… どうした」
雪美の髪を撫でる。
その手が頬に触れた瞬間、咲夜の表情が変わった。
「この傷… 」
頬の痣。
乱れた着物。
乾きかけた血。
そして、身体のあちこちに残る傷。
「また申にやられたのか!?」
声が震えていた。
怒りなのか恐怖なのか、自分でも分からない。ただ、目の前にいる雪美が無事であることだけを確かめるように、咲夜は何度も何度も抱きしめた。
「… 大丈夫」
「大丈夫なわけないだろ!!」
咲夜は雪美を抱きしめたまま、苦しそうに眉を寄せる。
「こんなになるまで… 」
雪美は答えられなかった。
言わなければならない。
今日、ここへ来た理由を。
けれど怖かった。
口にしてしまえば、もう後戻りできない。
雪美は震える唇を噛んだ。
お腹の中にいる、小さな命。