鏡と前世と夜桜の恋

蓮稀は雪美を抱いたまま、闇の向こうを睨んだ。

その更に遠く月明かりの下では、ひとりの女が立っていた、陽菜だった。

その瞳には涙などなく、あるのは雪美への憎しみだけ… 陽菜は低く呟く。

「ゆきちゃん、あの子さえいなければ… 」

握り締めた拳が震え、血生臭い風が吹き抜ける。







陽菜の着物が夜の闇に揺れた。

「絶対に許さない… ゆきちゃんさえいなければ… 全部全部私のものだったのに…!」

その言葉とともに――

「陽菜、私達はもうおしまいだ… これ以上罪を重ねたら鞭打ち程度では済まないよ、咲夜さんのことは諦めて… ほら、政条の長男がいるじゃないか!そっちに… 」



「うるさいッ!咲夜さんがいいの!」

おすずは陽菜を恨むのではなく娘を骨抜きにした咲夜を怨んだ。完全に狂った陽菜を見て… 完全に逆恨み。

それぞれの憎悪は引き返せないほど膨れ上がり、脅された忍び達は憎悪を尊重するかのように、ひとつの村を消す勢いで死にものぐるいで雪美を探し続けた。



蓮稀と雪美が隠れる小屋の中は、夜の冷たい風がわずかに入り込んでいた… 干し草の匂いと、かすかな月明かり。

雪美は村人の声を聞く度、関係のない人達が殺されていく度、何が起きているのか分からぬほど頭の中が混乱していた。


「蓮稀… なんで、私のせい?もう嫌… 」



怯える雪美に呼びかける間もなく、蓮稀は雪美の唇に自分の唇を重ねた。

一度、二度…

それは次第に深くなり、雪美の胸の奥まで揺さぶった。

―― 待って、さくがいるのに。

けれど、目の前にいる蓮稀の温もりから逃れることができなかった。

「だめ… 」

蓮稀の胸元を押し返すだけで力が入らない。



「今だけは… 咲夜はいないと思え」

低く話す蓮稀の言葉に雪美の瞳が揺れる。けれど、今起きているこの恐怖から逃れるには蓮稀の胸から離れられなかった。

蓮稀に抱き寄せられ、雪美の身体はまた、干し草の上へ静かに沈んでいく。

「蓮稀… ま、待って… 」

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