鏡と前世と夜桜の恋
――死罪執行の日
夜明け前の空は、鉛を溶かしたように重く曇っていた。
江戸の町は、いつもと変わらぬ朝を迎えようとしていたが、町奉行所の牢屋敷には、いつもとは違う緊張が漂っていた。

四人の死罪が、ついに執行される日が来たのである。
かつては派手な着物を身にまとい、商家の者たちを威圧し、逆らう者には容赦のない仕打ちを加えてきた家族。その面影は、今や見る影もなかった。
「私は、罰する側でこんなところで死ぬ人間じゃないって言ってるだろう… 」
掠れたおすずの声が、薄暗い牢内に落ちた。
「私が政条家の息子を育ててやった… 誰のおかげだと思ってんだい!」
誰に聞かせるでもなく、言い訳を繰り返すおすず… だが、返事をする者はいなかった。
どれほど言葉を重ねようと沢山の人に与えた仕打ち、命を落とすまでの苦しみはなかったことにはならない。
隣の牢では陽菜が首を振っていた。
「嫌よ… 嫌!私が何をしたというの!?」
黄色い着物は薄汚れ、細い肩は震えていた。
「私は咲夜さんを独り占めして邪魔な虫を駆除して、ただ幸せになりたかっただけ!どうして私だけがこんな目に遭わなければならないの!」
陽菜の脳裏に浮かぶのはかつて自分が手に入れようとした、手に入れたはずの咲夜の姿だった。
望んだ暮らし。 望んだ相手。 誰にも奪われない、自分だけの幸福… そのために何を犠牲にしてきたのか。
今になってそれを考えようとすると、頭の中が真っ白になった。
「申又!」
陽菜は隣の牢へ向かって叫んだ。
「申又、何とかしなさいよ!跡取りだし私の弟でしょ!?姉を見捨てるつもり!?」
申又は、しばらく黙り込み、やがて、壁にもたれていた身体をゆっくり起こす。
「… 姉上」
「何よ!」
「どうにもならない」
「黙れえぇええ!!!!!」
陽菜の声が裏返った。
「どうして簡単に諦めるの!?何とかしなさいよ!」
申又もまた金さえあれば大抵のことは動かせると信じていた。だが今は、最後には己の行いによって逃げ場を失った。
金も、家も、権力も全て剥奪され、今の申又には、姉を救う力など残されていなかった。
「俺だってどうにか出来るものなら… 」
その一言を聞いた陽菜は、獣のような声を上げた。
「この役立たず!!!」
申又はもう言い返さなかった。