鏡と前世と夜桜の恋

今さら陽菜を責めても、自分を責めても、刻限は止まらない。

少し離れた牢では、藤川が壁に背を預けていた。

短い髪は乱れ、着物は薄汚れている… それでも、その目だけは妙に冷めていた。

「… くだらん」

藤川は鼻で笑った。

「人というものは、最後の最後まで己の都合ばかりだな」


おすずの泣き言も、陽菜の叫びも、申又の後悔も、藤川には滑稽に思えた。

だが、その口元に浮かんだ笑みは、長くは続かず… ふと、蓮稀の顔が脳裏をよぎったのである。

永遠に1人の女に心を奪われることなどないと思っていた男。

どれほど執着しようとも、己を振り向かせることのできなかった男。


蓮稀が、自分の企みを暴き、全ての帳簿を集め町奉行所へ届けた、すべてはそこから崩れた。

「… 蓮稀」

藤川は低く呟いた。

「最後まで、気に入らぬ男だった… 」

その声には愛おしさからの悲しみ、そして憎しみが残っていた。しかし、もうその気持ちをぶつける相手はいない。


やがて牢屋敷の廊下に足音が響いた。


「刻限である」

役人の声が、冷たく告げるとおすずが顔を上げた。

陽菜は息を呑み、申又は固く目を閉じ、藤川だけは最後まで役人を睨みつけていた。

「出ろ」

牢の戸が開かれる。

四人はそれぞれの思いを抱えたまま、外へ連れ出された。


< 324 / 343 >

この作品をシェア

pagetop