鏡と前世と夜桜の恋
今さら陽菜を責めても、自分を責めても、刻限は止まらない。
少し離れた牢では、藤川が壁に背を預けていた。
短い髪は乱れ、着物は薄汚れている… それでも、その目だけは妙に冷めていた。
「… くだらん」
藤川は鼻で笑った。
「人というものは、最後の最後まで己の都合ばかりだな」
おすずの泣き言も、陽菜の叫びも、申又の後悔も、藤川には滑稽に思えた。
だが、その口元に浮かんだ笑みは、長くは続かず… ふと、蓮稀の顔が脳裏をよぎったのである。
永遠に1人の女に心を奪われることなどないと思っていた男。
どれほど執着しようとも、己を振り向かせることのできなかった男。
蓮稀が、自分の企みを暴き、全ての帳簿を集め町奉行所へ届けた、すべてはそこから崩れた。
「… 蓮稀」
藤川は低く呟いた。
「最後まで、気に入らぬ男だった… 」
その声には愛おしさからの悲しみ、そして憎しみが残っていた。しかし、もうその気持ちをぶつける相手はいない。
やがて牢屋敷の廊下に足音が響いた。
「刻限である」
役人の声が、冷たく告げるとおすずが顔を上げた。
陽菜は息を呑み、申又は固く目を閉じ、藤川だけは最後まで役人を睨みつけていた。
「出ろ」
牢の戸が開かれる。
四人はそれぞれの思いを抱えたまま、外へ連れ出された。