鏡と前世と夜桜の恋

咲夜の夢を見てから何日が経っただろう。

あの夢は、雪美が前に進めるよう別れを告げに来てくれたと思うようにしていた。

" もう泣くな "

そう伝えに来てくれたのだと。

胸の奥に残る悲しみは消えない。それでも、少しずつ食事を口にできるようになり今では廊下をゆっくり歩けるまで回復していた。


雪美は寝間着から着物に着替え、自室の襖をそっと開けた。

長い廊下には、障子越しの柔らかな陽射しが差し込んでいる。

一歩、また一歩。

まだ本調子ではない身体を気遣いながら歩いていると、ふと、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「… お父様と、蓮稀?」

雪美は足を止めた。



声のする部屋は雪美の父の書斎だった。

聞くつもりなどなかった。けれど、次に耳にした言葉に、雪美の足はその場に縫い留められた。







「咲夜に代わり、必ずこの命に代えても雪美を守ります。どうか… 雪美を嫁に貰うことをお許しいただけないでしょうか」


蓮稀の声だった。


いつもの穏やかさの中に、揺るぎない決意が宿っていた。

雪美は息を呑んだ。

―― 蓮稀が、私を… ?

驚きに胸が詰まる。

しかし、雪美の父の返答は雪美が思い描いたものとはまるで違っていた。

「雪美を守る、だと…?」

父の声には、怒りと恐怖が入り交じっていた。


「政条に執着するあの悪魔達は死罪となった。政条の権力を狙う女は他にもいるだろう、雪美が政条に嫁いだばかりに… 鈴香のようなことになったらどうしてくれる!今回は、かろうじて命が繋がれた。だが、村はどうだ?お前と共に生きることで… また雪美が同じ苦しみを味わうことになったら… 」


一瞬、部屋の中が静まり返った。

蓮稀はすぐに言葉を返さなかった。

父の言葉が、ただの拒絶ではないことを知っていたからだ。

娘を失いかけた父親の恐怖… 再び大切な者を奪われるかもしれない、その恐怖。

「… これ以上、娘に怖い思いをさせる事は許せぬ!」



蓮稀にも痛いほどわかっていた。

それでも。

「… お父上のお気持ちは、わかります」

蓮稀は静かに口を開いた。

「俺とて、雪美を二度と危険な目に遭わせたくありません。出来ることなら、雪美には何の憂いもなく、穏やかな日々だけを過ごしてほしい」

そこで蓮稀は一度、深く息を吸った。
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