鏡と前世と夜桜の恋
二人が振り返る。
雪美は父を睨み震える声で言った。
「お父様、蓮稀や咲夜のせいじゃない… なにゆえ、蓮稀にそんな酷いことを言うのです!」
胸の奥に溜め込んでいた感情が、次々と溢れ出した。
「咲夜を亡くして… 私がどれほど苦しんだか、お父様もご存じでしょう… 」
「雪美… 」
「そんな私を支えてくれたのは、蓮稀です!」
「私が生きることさえ諦めそうになったとき、そばにいてくれたのは蓮稀です!私が泣いても何も話せなくても… ずっと、私を支えてくれたのは、この人なのです!」
父が言葉を失う。
「そんなことを言うお父様は… 嫌いです!」
雪美は、父から顔を背け、蓮稀はその肩に、そっと手が置いた。
「… 雪美、大丈夫だ」
蓮稀が優しく微笑んでいた。
いつもと変わらない、穏やかな笑顔。
その笑顔を見た途端、雪美の胸に、悔しさが込み上げた。
「… 大丈夫じゃない!」
雪美は蓮稀の頬をむにっと摘まんだ。

「咲夜を亡くして、私を支えてくれたのは蓮稀じゃない!」
「… 痛いのだが」
「痛くて当然!」
涙を浮かべながら怒る雪美に、蓮稀は困ったように目を細めたがその表情は、どこか懐かしかった。
咲夜が隣にいた頃、三人で過ごした日々。
あの頃と同じように、雪美は怒り蓮稀は苦笑している… ただ一つ違うのは、この場に咲夜はいないということだけ。
「… 雪美」
蓮稀は、雪美の手をそっと包み込んだ。
「部屋に戻ろう。まだ身体が完全に回復したわけではないだろ、無理をしてはいけない」
「でも… 」
「いいから」
その声は優しかったが、譲るつもりはないらしい。
「部屋に戻ろう」
蓮稀は雪美を立ち上がらせ、父に一礼すると、雪美を連れて部屋を出た。
廊下を歩く間、雪美は何度も蓮稀の横顔を見つめた。
どうして… どうして、蓮稀は… この人はいつも、自分のことより私のことを優先して考えるのだろう。