鏡と前世と夜桜の恋
部屋に戻ると、蓮稀は雪美を布団のそばに座らせた。
そして自分もその前に膝をついた。
しばらく、二人の間に沈黙が流れ… やがて蓮稀は雪美の顔を真っ直ぐに見つめた。
「… 雪美」
「なあに?」
「夫婦 (めおと) になろう」
瞬きさえ忘れるほどあまりにも静かな声だった。

その言葉には、これまで聞いたどんな言葉よりも深い想いが込められていた。
「… え?」
「俺と夫婦になってほしい」
蓮稀は、もう一度言った。
その瞳には迷いがなかった。
しかし雪美にはわかってしまった、その言葉を口にするまでに、彼がどれほどの葛藤を重ねてきたのか。どれほどの罪悪感と、弟への想いを抱えてきたのか。
「… お父様達は許してくれないわ」
雪美は、顔を背けた。
「それに… 私は、まだ、さくが… 」
言葉が続かなかった。
咲夜を忘れたわけではない。
忘れられるはずもない。咲夜の笑顔も、優しい声も、交わした約束も…
雪美の心には、今も咲夜が生きていた。
そんな自分が、蓮稀の妻になってもいいのだろうか?咲夜を愛したまま別の人と夫婦になってもいいのだろうか。
蓮稀に、そんな残酷な思いをさせてもいいのだろうか。
雪美が答えを見つけられずにいると、蓮稀はそっと雪美を抱きしめた。
驚いて身を固くする雪美の背に、温かな腕が回る。
「… 無理に、咲夜を忘れなくていい」
蓮稀の声が、耳元に落ちた。
「忘れろなどと、俺が言えるはずもない。咲夜は俺にとっても… 大切な弟だからな」
その声が、ほんのわずかに震えた。
「雪美、だが俺は咲夜の代わりになりたいのではない… 」