鏡と前世と夜桜の恋

抱きしめる腕に少しだけ力がこもった。
「お前が咲夜を愛した日々を、なかった事にはしたくない。咲夜が残した想いも、約束も、雪美の心にある思い出も… その全てを大切にしたい」
雪美の目から、涙がこぼれた。
「俺は… 雪美が笑っているところをもう一度見ていたいのだ」
蓮稀は、目を閉じた。
「雪美が泣くたび、何もできない自分が悔しかった。手を差し伸べても雪美の悲しみを取り除いてやることは出来ない… どれほどそばにいても咲夜を失った痛みだけは、俺には埋められなかった」
その苦しみを蓮稀は誰にも見せず、咲夜を失った悲しみを胸にしまい、雪美を支えることだけを考えてきた。
けれど、本当は蓮稀自身も、失った弟を想い、何度も立ち止まりそうになっていた。それでも雪美の前では絶対に泣かなかった。
雪美がこれ以上、悲しみを背負わなくて済むように、自分の痛みを雪美の重荷にしたくなかったから。
「… 雪美」
蓮稀は、ゆっくりと身体を離し雪美の顔を覗き込んだ。
「咲夜と俺は、血を分け合った兄弟だ」
その瞳は真剣だった。
「咲夜が俺の中にいると思えばいい、咲夜が雪美に誓った誓いも、交わした約束も… 俺が全部叶えてやる」
雪美は、息を呑んだ。
「雪美が病に伏せば俺がそばにいる。夜中に目を覚まして泣くのなら、泣き止むまで手を握り離さない… 」
「… いつか、雪美が咲夜の思い出を笑って語れる日が来たなら、俺も一緒に笑おう」
蓮稀の声は少しずつ熱を帯びていった。
「そして、もし雪美が年老いて、歩くことさえままならなくなったとしても… 俺はお前の手を離さない」
蓮稀は雪美の手を取り、その指先を両手で包んだ。
「雪美の喜びも、悲しみも、すべて分かち合いたい。咲夜が愛したお前を守りたい。そして何より… 俺自身がお前と共に生きていきたいのだ」
その言葉を口にすることが、どれほど怖かっただろう。
雪美に拒まれるかもしれない、咲夜への裏切りだと思われるかもしれない。