鏡と前世と夜桜の恋
自分の想いが、咲夜を失ったばかりの雪美を苦しめるかもしれない… それでも蓮稀は、願わずにはいられなかった。
雪美のこれからの人生に自分もいたい。
雪美が再び誰かを愛する日が来るのなら、その相手が自分であってほしい。
けれど、それ以上に願っていたのは、雪美が生きていてくれること…
無理に笑わなくてもいい。
咲夜を忘れなくてもいい。
自分を愛せなくても、今すぐ答えを出せなくてもいい… ただ、生きていてほしい。
その先の人生を自分の隣で歩んでほしい、たとえ何年かかっても。
たとえ生涯、咲夜への想いが雪美の胸に残り続けたとしても… それでも自分は彼女を愛し続ける。
それが、蓮稀の秘めた覚悟だった。
「… 雪美。俺は、お前に幸せになってほしい」
蓮稀は優しく微笑んだ。
「その幸せの隣に、俺がいてもいいのなら… どうか、これからもずっとお前の人生を共に歩ませてくれ」
雪美は何も言えなかった。
ただ、蓮稀のことを見つめていた。
咲夜を失った悲しみを知りながら、咲夜への想いを誰よりも理解しながら、それでも自分を愛してくれる人。
その愛が、あまりにも深く、あまりにも優しかったから…
雪美の胸には、喜びよりも先に、罪悪感が込み上げた。
―― 私は、この人に、どれほどのものを背負わせてしまうのだろう。
咲夜を愛した自分、咲夜を失い、泣き続けた自分… そのすべてを受け止めようとしてくれる蓮稀。
蓮稀は、どれほどの覚悟をもって、この言葉を口にしたのだろう。
「… 蓮稀」
ようやく名前を呼ぶと、蓮稀は「うん」と静かに答えた。
雪美は、その胸に額を寄せた。
けれど、夫婦になろうという言葉にはまだ返事をすることはできなかった。
蓮稀は、それ以上何も求めなかった。
ただ雪美の背を優しく撫で続けた。
障子の向こうでは、午後の陽射しが少しずつ傾き始めていた。
二人の間には、まだ答えの出ない問いが残されている。
咲夜への想い。
雪美の父の反対。
そして自分の心がこれからどこへ向かうのかという、雪美自身にもわからない未来。
けれど、その日。
蓮稀は初めて、自分の願いを雪美に伝えた。
咲夜の代わりとしてではなく、政条家の跡取りとしてでもなく、ただ一人の男として… 雪美と共に生たいと。
その願いを口にした瞬間から、蓮稀の覚悟は決まっていた。
どれほどの年月がかかろうとも、雪美の心を急かすことはしない、咲夜との思い出を奪うこともしない。
雪美が自分の手を取る日が来るのなら、その日まで何度でも手を差し伸べよう。
もし、その日が来なかったとしても。