鏡と前世と夜桜の恋
政条家の祝い事に村は浮き立っていた。

太鼓の音、赤いのぼり、笑い声が風に舞い、まるで春祭りのような賑わい… だがその裏でおすず一家の座敷では冷たい空気が流れていた。

おすずは家の者を全員呼びつけ、ちゃぶ台を囲み、娘の陽菜 (ひな)と、息子の申又 (さるまた)そして夫の藤川を座らせる。




「… あの娘、絶対に許さないよ」

おすずの声は低く鋭かった。

「せっかくの計画が水の泡じゃないかい!そもそもなんでお前が選ばれないんだい、この役立たず!」

陽菜は怯んで口を噤むがやがて唇を尖らせ言い返した。

「やだ!私は咲夜さんがいいもん!」

「咲夜は任せろ、雪美は俺の物にする」



申又がふんぞり返るように言った。

「よく言うわね。いつも咲夜さんに負けて帰ってくるくせに」

「…っ」

陽菜が鼻で笑う。2人が言い争う中、藤川はふと何かを思いついたようにおすずの耳元へ顔を寄せた。囁かれた言葉に、おすずの口元がにやりと歪む。

「陽菜」

「… な、何?」


おすずはわざと穏やかな声を作り娘を見つめた。

「お前、雪美を海に突き落としたんだってね。危うく死ぬ所だったと」

陽菜は顔を青くしてしどろもどろに答える。

「あ、あれは… その… 」

その言葉を遮るようにおすずは声を張り上げた。

「いいかい陽菜!鈴香がお前を突き落としたんだよ!!」



「え?」

「鈴香があんたを罵倒した… 突き落としたのと同じだよ、あんたは突き落とされたんだ。分かったね?」

「け、けどそれって…」

「お前は政条家の弟が欲しいんだろう?」

陽菜の瞳は一瞬戸惑い揺れるが咲夜の名前が出ればそのうち喜びの笑みへ変わる。


母の言葉の裏に潜む何かを感じながら、咲夜を自分の物に出来るなら… " 私は鈴香に突き落とされた " と思い込み、陽菜はわざとらしくその場で泣き始めた。

外では祝祭の笛が鳴っていた。

だがおすずの座敷に響くのは… 静かに憎悪と怒りを抱く策略の音だった。
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