鏡と前世と夜桜の恋
湿った土の匂いが満ちた薄暗い裏路地… その奥で雪美はまだ動けずに居た。
咲夜が必死に押し隠していた本音が、雪美の胸にまっすぐ流れ込み、心のどこかで鈴香のことを思い出していた。
“ 愛してるからこそ離れるしかない ”
残酷な決意だけが胸に残る。

胸の奥で何かがじりじりと燃えていた、それが嫉妬なのだと気付くのに雪美には少し時間がかかった。
陽菜が動いたのだと思っていた。
自分の婚約話しを守る為、母親のおすずを使い、根回ししたのだと… なのに。おすずと咲夜が近しい関係だったなどと予想もしていなかった。
きっとさくは弱味を握られて… そう信じたかった。信じてしまえば、まだ心に逃げ道があったから。ただ、咲夜がおすずに向ける視線は怯えではなかった。
あの空間は雪美すら知らない、深い場所で結びついた者同士だけが共有できる温度だった。
陽菜は関係なく2人が本当に愛し合っているのだとしたら…
その現実は雪美の胸に氷の刃を突き立てた
信じたくない。
認めたくない。
だって咲夜は、雪美が知っている咲夜は自分の存在が当たり前のように隣にあったはずで “ 他の誰か ” に向けられる優しさなんて、見たことすらなかった。
咲夜が自分以外の誰かに触れようとする手を雪美は認めたくなかった。
胸が苦しい。怒りとも悲しみともつかない熱が喉までこみ上げる。どうして、どうしてあの人なの… 鈴香ちゃんのことで脅されているならまだ救いがあった。咲夜自身の意思ではないと思えたら、雪美はどれほど楽だったか。
でも違った。あれは咲夜の心から生まれた表情だったと雪美にはそう見えた。