優しく笑う君が好きだから

幸せ

 ある日父さんは、珍しく真面目な顔をして僕に言った。
「湊、父さんからのお願いだ。学校には行きなさい。もう父さんには十分だよ。幸せなんだ。だから湊は将来、誰かを幸せにするために勉強しなさい。そして、誰よりも優しく勇気のある人でいなさい。」
父さんと一緒に過ごす時間をこれ以上削りたくなった。だけど大好きな父さんからのお願いだ。だから、学校に行くしかなかった。父さんに憧れて入部した野球部の顧問の先生に事情を説明して、しばらく部活は休ませてもらえることになった。だから、学校が終わったら、すぐに病院に乗り換え無しで行けるバスに乗って、病院に向かった。午後5時半に病院に着き7時頃に母さんと合流し、面会終了の8時まで父さんを囲んで他愛のない世間話を繰り広げる。それが日常になっていた。ただ、そんな時間も長く続く訳では無い。 父さんが入院してから3ヶ月が経とうとしていたある日、父さんと面会できない日があった。あまり体調が良くないらしい。僕はがっかりしながら帰った。次の日は面会出来たものの、いつもの父さんがそこにはなくて、空元気といった感じだった。僕は、そこで初めて日常の幸せに気づいた。最近眠っていることが多くなった父さんをぼんやり見つめていると、病室の外から母さんと担当医師の会話が聞こえてきた。それは余命についてだった。もってあと1週間だと言う。母さんはすすり泣いていた。10分ほど経ってやっと病院に入ってきた母さんは赤く腫れた目を感じさせないように頑張った、作り笑いで言った。
「湊、明日からは学校は休もう。先生が個室を開けてくれるらしいから、そこに泊まって家族の時間…」
母さんは泣いた。『ごめんね』と言いながら、少し落ち着くと、
「家族の時間……、最後の時間大切に過ごそうね」
と言って、涙でグシャグシャになった顔を隠すようにハンカチで顔を覆った。
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