青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
 リムジンがホテルの車寄せに到着していた。

 外からドアが開く。

 冷たい霧のような記憶を振り払って車を降りると、蒼馬は史香に手を差し伸べた。

 二人は付き合いの長い恋人同士のように自然に手をつなぎあいながらエレベーターに乗った。

 最上階のボタンを押した係員がエレベーターを降りるとドアが閉まり上昇を始める。

 レセプションに寄る必要はない。

 道元寺家の人間を知らない係員はいないし、最上階には専属のコンシェルジュが常駐していて、宿泊客が鍵を自分で開ける必要すらないからだ。

 階数表示の数字が変わっていくのを眺めながら蒼馬はネクタイの結び目を緩めた。

 そんなしぐさを史香が見上げている。

 せっかちな男だと思われただろうか。

 それとも、がっつきすぎと笑われているのだろうか。

 実際、蒼馬は焦っていた。

 もはや籠の中の鳥とはいえ、目を離した隙に手品のように消え失せてしまうのではないかとおびえていた。

 離したくないんだ。

 ――君を。

 俺のものにしたいんだ。

 史香……。

「具合はどう?」

 たずねると、史香は一瞬呆けたような表情を見せた。

「あ、ああ、ええ、なんともありません」

「もしかして、自分が倒れたってこと、もう忘れてた?」

「はい」と、耳を染めて史香がうつむく。「不思議ですね。入院までしたのに、本当にもうなんともないので」

「まあでも、それは良かった」

 それっきり会話は途切れてぎこちない空気が二人の間を漂う。

 あれだけ酒を飲んだにもかかわらず頭は冴えている。

 握り合った手にぬるりとした手汗がたまっている。

 離したくない。

 逃げないでくれ。

 力を込めて握り直しても、史香は無反応だった。

 エレベーターが止まり扉が開く。

 最上階のスイートは正面と左右の三区画だけで、蒼馬と軽く目を合わせたコンシェルジュが頭を下げて右側のドアを開けた。

「ようこそ」

「ありがとう」

 中に入ると、背中で音もなくドアが閉まる。

 ここまで来てもまだ蒼馬は焦っていた。

 籠から出した途端に飛び去ってしまうのではないか。

 抱きしめた途端、煙となって消えてしまうのではないか。

 無駄に広い部屋が不安になる。

 するりと逃げられたら二度と捕まえることはできないかもしれない。

 ――何をそんなに焦っている。

 落ち着け。

 広いスイートルームの片隅で蒼馬は史香をしっかりと抱きしめた。

< 38 / 84 >

この作品をシェア

pagetop