青い鳥はつぶやかない 堅物地味子の私がベリが丘タウンで御曹司に拾われました
◇
定時退社の毎日を繰り返しているうちにクリスマスも過ぎ、正月休みに入ってしまった。
年末までつきあってくれと言われていたのに、あの晩だけで終わったのは、結局、自分を口説く嘘だったんだろうと思いながら、史香は静岡に帰省した。
――そもそも、あの時だって、映画を真似した演技をしていたんだし。
捨てられたことに対して蒼馬を恨む気持ちはなかったし、最初の頃は枕を抱きしめながら眠っていたものの、時がたつにつれて、思い出すことも少なくなっていた。
やっぱり、自分には恋愛なんて向かないんだろうな。
妙に納得している自分を笑ってしまう。
実家の父は県庁の公務員、母は近所のドラッグストアでパートをしている。
「なんかいいことあったの?」
正月の料理を食卓に並べながら母がたずねる。
「なんで?」
「いつもより顔色がいいから」
心配をかけたくなかったから、親には入院したことは連絡していなかった。
「仕事が定時で終わるようになったからかな」
「働き方改革?」
「うん、なんか上の都合みたい」
「自分の時間が持てるのはいいことだ」と、父も機嫌がいい。
正直なところ、無趣味な史香は時間を持て余しているだけなのだが、よけいなことを言う必要もないから曖昧にうなずいておいた。
初詣やらおせちやら、お茶とミカンに炬燵。
久しぶりに帰ってきた一人娘を甘やかす両親のおかげで、雑煮の中に放り込まれそうなほどぐだぐだな三が日を過ごし、元の生活に帰ってきた。
今年もまた去年までと同じ一年の繰り返しなんだろうな。
休みすぎたせいで仕事に戻るのが憂鬱だ。
業務に復帰した日も定時で退社し、コートをかき合わせながらツインタワーを出ると、史香はいつも通り駅へつながるプロムナードを歩いていた。
定時とはいえ、冬だ。
もう日は落ちて暗くなっている。
クリスマスや正月を過ぎてイルミネーションもなくなったプロムナードは寒々しい景色だった。
と、そこにマスクと帽子の女性が立っていた。
「黄瀬川さんよね」
急に名前を呼ばれて立ち止まると、それが答えだと受け取った相手が詰め寄ってくる。
「探したんだからね」
背の高い相手に見下ろされてたじろいだものの、それがすぐにあの女優だと分かった。
「久永……さん?」
「そうよ」と、マスクと帽子を外す。
「どうしてここに?」
「うちのマネージャーにあなたことを調べさせたのよ」
ストーカーまがいのことを堂々と宣言する里桜に戸惑いながらも、史香は話の続きを待った。
「ねえ、いったい、あなたは蒼ちゃんのなんなの?」
ほんの少しだけ考えを巡らしてみたものの、いい答えは何も思いつかなかった。
「べつに、なんでもないですよ」
「そんなわけないでしょ」
「どうしてですか?」
「パーティーでおつきあいをしてるって言ってたでしょ。あれから蒼ちゃんにいくらメッセージを送っても無視されてるし」
こちらはメッセージすら来てないんですけど。
……なんて言ったって、納得しないだろうな。