かつて女の子だった人たちへ
帰宅して着替えてソファに横になった。疲労感で何もする気が起きなかった。

「ただいまあ。あ、ママ、帰ってる!」

絆の声が玄関で聞こえ、雪奈は慌てて身体を起こす。リビングにぱたぱたと駆けてきた絆は雪奈を見てぱあっと笑った。

「ママ、パパとのデート、楽しかった?」

その無邪気な息子の笑顔に泣きそうになった。

「うん……楽しかった」

パパはお仕事でデートは駄目になっちゃったんだ。そう絆に言えないのは見栄だったのか、夫婦仲を悪く思わせたくなかったのか……。自分自身でもわからず、ただ泣きそうな顔を隠すため、雪奈はぎゅっと愛息子を抱きしめた。


絆を駅前のスイミングスクールに送り届け、雪奈は近くのコーヒーショップに入った。普段はスクール内の観覧席で絆を見守るのだが、だいたいママ友たちとお喋りになる。今日は彼女たちと話すのも億劫だった。明るい顔はできないだろう。
イヤホンをしてスマホで開いたのはクレマチスというあの配信者のヒーリング動画だった。

(他に見るものもないし)

時間つぶしだった。小説は文字が頭に入ってこなそうだったし、漫画は普段からあまり読まない。動画も、メイクやスキンケア、DIYなど明るい家庭や女性を連想させるものには触れたくなかった。
昨日投稿された最新の動画は、今回もSNSに寄せられた質問に答える形式のものだ。

(この人の声が好きなのかな。やっぱり落ち着く)

声に合わせて目を閉じて瞑想すると、昼からの虚しさとも怒りともつかない感情がわずかに和らぐのが感じられた。続いて流れたショート動画はオンラインサロンの紹介があった。
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