金の葉と、銀の雪

4*病めるときも、健やかなるときも

 あれこれと驚いたり、感激したり、混乱したりしていたが、これらの感情は、牧師の前ではすべて無効となる。
 これからが、結婚式の本懐だ。祭壇の前に立てば、誰だって敬虔になれる。自然と心が静まっていった。
 真摯な目をしたふたりを認めて、牧師は言葉を紡ぎはじめた。静かに静かに、聖堂に響く。
 瑞樹と三琴は牧師から聖書の言葉をもらい、誓約を行う。お決まりのセレモニーだ。友人の結婚式でお馴染みであったが、自分のこととなるとそうではない。三琴はそれに、いま集中する。

 式は滞りなく進む。
 牧師の「病めるときも、健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」という問い掛けに、瑞樹も三琴もしっかりと誓約できた。

「では、指輪の交換を」
 牧師の声で、また三琴は気づく。瑞樹と三琴はまだ、マリッジリングを作っていない。
 どうするのかと思ったら、その前に牧師の横にリネットとエイミーがリングピローを持って控えていることに気がついた。ベールガールのふたりは入場行進のあと速やかに移動して、リングガールとなっていたのだ。
 少し忙しかったが、双子は間近で結婚式をみることができてニコニコ顔。ベールガールは喜んでリングガールの兼任を引き受けていたのである。

 瑞樹はピローからリングを取り上げた、そこにあって当然といわんばかりに。石などないプラチナだけのシンプルなこのリングに、三琴にはまったく見覚えがない。だが、その謎の追及はあとにする。
 手のひらを重ね合わせて、瑞樹が三琴の左手の薬指にそっと嵌める。ひと呼吸おいて、手のひらを重ねたままくるりとひっくり返し、今度は三琴が瑞樹の左薬指にリングを嵌めたのだった。

「では、誓いのキスを」
 牧師のセリフのあとに、瑞樹が三琴のベールを上げる。ふたりを隔てていたウェディングベールがなくなれば、お互いの目の前には最愛の人がいた。
 瑞樹はそっと三琴の両肩を掴む。三琴が目を閉じれば、迷うことなく唇に瑞樹は優しくキスをしたのだった。

 ほのかな温かさを、唇に感じる。少し長いキスかなと思う頃、名残惜しそうに唇は去っていった。
 最後に瑞樹と三琴は手を重ね、その上に牧師が手を添える。牧師は祈祷を捧げ、ふたりの結婚が成立したこと高らかに宣言した。
 日本から遠く離れたシカゴにて、余計な干渉が入ることなく、無事三琴は瑞樹と結婚式を挙げることができたのだった。



 ††††



「はーい、お疲れ様でした!」
と、場に非常に似合わないフランクな口調で、牧師が口火を切った。
「!」
 三琴は、この牧師の豹変の仕方に目が丸くなった。さっきまでとても物静かで、少しでもふざけたりしたら説教が飛んできそうな雰囲気の牧師であったのに、だ。
 しかも式次第がひととおり終わって新郎新婦の退場になるかと思えば、そうならない。フルオーダーの結婚式であれば、それは端折られたようだ。

「こちらこそ、ありがとうございました」
 三琴の隣で瑞樹は丁寧に礼を述べ、牧師と握手を交わす。ビジネス交渉成立のときのような、晴れやかな顔で。そのまま軽く談笑もしていれば、戸惑う三琴とは対照的だ。
 式の前だけでなく、ウェディングロードを歩いているときも、式が終わった今も、三琴には謎に思うことばかり。
 本当に今日の三琴は、ずっと目が丸くなっていた。

「ジェイク、ありがとう!」
と、背後から脩也の声。どこからともなく彼は現れて、急ぎ足で三琴たちのところまでやってきた。
「いやいや、こちらこそ、美人さんのお式に立ち会えて光栄でしたよ。ところで、シュウ、うまく撮れたかい?」
「それはもう! この脩也様の手にかかれば、お手の物だよ」
「それはそれは、仕上がりが楽しみだねぇ」
 こちらの会話は式どうこうよりも、もっぱら写真撮影のことがメインとなっていた。
 脩也も牧師も、ひと仕事終えたんだといわんばかりに朗らかに笑い出す。場の雰囲気を壊さないように、脩也だって細心の注意を払って撮影していた。緊張していたのは三琴だけではなかったのだ。
 そんな和気あいあいの様子を瑞樹は嬉しそうに眺めている。新郎新婦の横では、ベールガールの双子も充実感いっぱいの顔で控えていた。

(脩也さんが出てきたってことは、もうこれで式は終わりなんだろうな)
(手作り結婚式だから、多少の逸脱はオッケイってことにして)
(通常とは少し違う式になったけれど、まぁ、いいか。楽しかったし、一生の思い出になったし)

 そもそもが、婚姻届だけ提出して終わらせていた結婚である。簡略化した結婚式であったが、三琴と瑞樹が神に祝福されたことには間違いない。
 むしろ、ここに口うるさい親族もいなければ、変な義理立てをする必要もなかった。本来の結婚の意味をお互い再確認して、あらためて生涯の愛を神の前で誓うことができた。万々歳である。

「松田さん、お疲れ様です!」
 しばらくすると、春奈がヴェネッサとともにやってきた。手にはふたりともが三脚を持っている。しかも五脚も。
 春奈は手ごろな位置にそれらを立てて、次々とカメラをのせていった。記念撮影の準備だ。

「三琴」
 瑞樹に呼ばれて振り返る。いつの間にか祭壇から少し離れた撮影場所に瑞樹はいて、ヴェネッサが彼のタキシードを整えていた。
「ミコトは、ここね」
 こっちこっちといわれて、三琴は瑞樹の隣に立った。
 新郎新婦が並んだら、その周りに牧師、父親役のドライバー、ベールガールの双子と並んでいく。小さな小さな結婚式の、それを支えた温かなメンバーが勢ぞろいした。

「こんな感じでいい? シュウとミコトはここになるけど」
 ヴェネッサが、メンバーの並びを仕切っていく。
「いいよ、それで。ヴェネッサは……そこね」
 春奈が三脚にセッティングしたばかりのカメラを覗きながら、微調整を入れていく。そんな春奈の横で、脩也も別の三脚のカメラを覗いていた。フォトグラファーがふたりもいる豪華な記念撮影だ。

「春奈さん、入っていいよーん」
「はーい、じゃあ脩也さん、お先!」
 脩也を残して、春奈が新郎新婦の元へやってくる。脩也は二つ三つと春奈に指示を入れて、自分の位置に戻った。

「はい、最初はおすまし顔ね~。視線はあのステンドグラス!」
 春奈の掛け声。
 さて、一体どのカメラで撮るのだろうと、三琴は悩む。でも、いわれたとおり祭壇上のステンドグラスを見つめていればいいのだろう。
「いくよ~、三、二、一!」
 春奈がリモコンのスイッチを押して、カシャリとシャッターが切れたのだった。

 そのままの位置で、記念撮影が次々とおこなわれる。
 春奈は要望する、ジャンジャンと。次は笑った顔をしてと、その次は少し砕けてみようと、さらに次には三琴と瑞樹に仲睦まじい姿をみせつけるようにと遠慮なくいう。
 シャッターをきるのは、すべてリモコンのスイッチで、だ。そのスイッチだって、春奈がふたつ、脩也が三つ持っている。
 これではどのカメラが、どの瞬間で撮っているのか、全然わからない。
 あたふたといわれるがままポーズを作り、撮られていく。双子が三琴のベールをふわりとさせれば、それに合わせて周りも動きをつけた。楽しいお祝いのシーンが出来上がる。こうなれば、昼間の庭園での撮影とまったく同じ。
 ちらりと隣の瑞樹をみれば、彼はとっくに真面目な顔を捨て去って花婿モデルを楽しんでいた。

(あ、そうか)
(瑞樹さん、お兄さんのカメラで撮ってもらうこと、もしかしたらはじめてかもしれない)
(協力しようというより、やっぱり嬉しいんだ)

 もう撮影は、明らかに結婚記念撮影から自主勉強撮影会へと変わっていた。
 そんな中で、少年のような笑みの瑞樹を見つけて三琴は心が温かくなる。親子関係が少し捻じれてしまったせいで、ここの兄弟は満足に会うことができない。貴重なこの時間を大いに楽しんで、大事に大事にしている脩也と瑞樹がいた。

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