金の葉と、銀の雪
「さてと、このくらいかな~」
 脩也のひと声で、撮影会はお開きとなった。
 声を受けて、すぐさま春奈が片付けに入った。同じくヴェネッサも手伝いに入る。
「シュウ、サンキュウ! 予定通りで助かるよ」
 本日は、このあとここで聖書日課が行われるとのこと。黄金色の庭園で双子たちが「時間がない」といったのは、これのことだったのである。
 
「兄さん、もういいかい?」
 バラバラと一同が解散する中、瑞樹が脩也へ断りを入れた。
 教会の大事な日課が迫っているのなら、三琴だってドレスを脱いで帰り支度をしなくてはならない。
 服は着替えても、せっかく結ってもらったから髪はそのままにしておこうかしら? そんなことを三琴が思ったときであった。
「え?」
 隣の瑞樹がしゃがみこんだと思ったら、ふわりと三琴の体が浮きあがった。瑞樹が三琴を肩に担ぎあげたのだった。

 どよめきが湧き上がって、一同の目が瑞樹の肩に乗せられた三琴に集まる。
「み、瑞樹さん?」
 瑞樹がしっかり三琴の足を押さえていれば、三琴が滑り落ちることはない。瑞樹とは逆向きの視線になる三琴は、もう自分が小麦袋になった気分だ。
「兄さん、花嫁はもらっていくよ。花嫁をさらうのは、花婿に許された権利だからね」

 堂々と宣言して花嫁を連れ去ろうとする花婿をみて、双子は絶叫した。
「わ~、ミッコ!」
「きゃ~、素敵~!」
 耳に、リネットとエイミーの黄色い声が入る。非難ではなくて、感激して。この上もなく恋に恋する乙女心を、瑞樹が擽ったのだ。

 体が浮いた弾みで、三琴のブーケが手から離れていく。同じく弾みで、ピン留めされていたティアラも外れた。
 ブーケが軽く弧を描いて空を飛び、ティアラはコロコロと絨毯の上を転がっていく。リネットとエイミーのところまで。
 目の前に花嫁の幸福のお裾分けがやってくれば、迷わず双子は飛びついた。

「ミッコ! ありがとう!」
 ティアラを手にしたリネットがお礼をいう。 
「お嫁さん、お婿さん、お幸せに!」
 ブーケを手にしたエイミーだって、負けずに祝いの言葉を贈る。

「松田ちゃん、明日から三日間、特別休暇だから楽しんできてね」
 双子のあとには脩也のセリフ。これで聖堂は拍手喝采となる。皆が三琴の結婚休暇認めたのだ。

 もう三琴は「え、え?」としかいえない。最後の最後の瞬間にまで、三琴は目を丸くするのみだった。



 †††††



 拍手喝采の中で教会を出れば、外はとっくに暮れていた。夕刻の時刻からはじまった結婚式は、記念撮影で盛り上がるうちにすっかり日没を迎えていたのだった。
 つんと鋭い冷気が肌を刺す。陽が落ちて急速に空気が冷えていた。

「瑞樹さん、大丈夫です。下ろしてください、歩けますから」
「いや、足元が悪い。このままいくよ」
 昼間には、ここは黄金色の庭園であった。だが今は、夕闇の庭園。曖昧に、庭の造形や木々の形が確認できる。
 まだそこまで深くない暗闇の中で、三琴は目を凝らす。黄金色の庭園は闇色の向こう側に隠れてしまって、石畳のペイヴメントだけがうすく浮かび上がっている。その道を、硬い靴音を響かせて、ご機嫌で瑞樹は三琴を担いで歩いていく。
 
(?)

 不意に冷たいものが額に当たる。
 瑞樹に担がれたまま三琴が軽く頭上を仰げば、白い欠片がゆっくりと、キラキラ光りながら落ちてきていた。

(流星群?)

 またひとつ、その耀きが頬に触れる。それは、頬の熱で水へと変わってゆく。
 星のようにみえたが、それは雪であった。

(雪が、降っているんだ)
(外撮影で急に曇ってきたと思ったら、あれは雪雲だったんだ)
(噂にはきいていたけど、本当にここは数時間で季節が変わるんだ)

 雪でフライトが遅れた瑞樹はこの雪の降りはじめに気がついていたのだろうか?
 はじめは慣れないドレスでうまく歩けないという意味なのかなと思ったが、きっと瑞樹は雪泥でドレスが汚れることを嫌ったのだろう。
 瑞樹は「このままいくよ」というが、どこへいくのだろう?
 こうやって三琴を担いだまま、長時間歩くとは思えない。しかも、こんな雪が降りはじめた中で。

 そんな三琴の心配は、杞憂に終わる。
 とんと下ろされると、そこは教会入り口のドライブ・ウェイ。一台のリムジンが停まっていた。
「え?」
 突如現れたリムジンに、またもや三琴はびっくりだ。もう目を丸くすることはないと思ったのに……

「お疲れ様でした。どうぞ」
 三琴の驚く間にも、颯爽とドライバーが現れて扉を開く。何気にそのドライバーの顔をみれば……
「え? おとうさん?」
「はい。そういっていただけると、光栄です」
と、三琴の父親役を務めた彼が嬉しそうに答えたのだった。
 脩也と春奈のいっていたドライバーとは、このリムジンのドライバー。この彼もベールガールの双子と同様に、一人二役を務めていた。写真撮影あと大急ぎで移動し、ここで待機していたのだった。



 いざ、瑞樹とふたりでリムジンに最後部座席に乗る。
「しばらくかかりますので、ごゆるりとなさってください」
 そんなドライバーの声と同時に、リムジンは走り出した。

(これって、新婚旅行のつもりなのかな?)
(脩也さん、お休みだっていっていたし)
(本人の意向、完全に未確認の休暇だよ)

 快適なリムジンの揺れの中で、三琴は思う。
 一体、いつからこんな企画を練っていたのか、とか。
 もしかしたら、このドレスは瑞樹さんの好みなのか、とか。
 このリングだって、やっぱり瑞樹さんがひそかに用意して持ってきたのか、とか。
 夫には、他にもいろいろ訊きたいことがある。

 車内の中で、三琴は左手を伸ばしてあらためてリングをみる。極めてシンプルな代物だ。
 そっと外して内側をみれば、今日の日付と「M to M」の刻印がある。
「…………」
 これをみて、確信犯だと三琴は思う。

 ちらりと隣の瑞樹を、三琴は盗み見した。ご機嫌の夫は、シャンパンの用意をしている。
 三琴は思う。三琴が「勝手に決めてしまうなんて、ひどい」といえば、きっと瑞樹はこういうに違いない。
 今回の件は、兄の要望と自分の希望を一度に叶えるいい機会だった、とか。
 ドレスもリングも自分の希望で決めたが、今度は三琴の希望でもう一度式をやり直そうか、とか。
 三琴さえよければ、一度といわず何度でも結婚式を挙げてもいい、とか。
 なんとなく、何をいっても、どんなことでも、三琴が望めば瑞樹は叶えてくれそうだ。

 車窓に目を遣れば、雪が本格的に降りだしていた。この様子なら、「目覚めれば、銀世界だった」という朝になるだろう。
 そっと三琴は手を伸ばし、瑞樹の腕に触れる。祝杯の用意の邪魔になるかなと思いながらも、しっかり腕にしがみついた。
 祝杯の用意をやめて、瑞樹は三琴に応じた。甘えてくる妻がかわいくて、夫はたまらず頬へキスしてしまう。

「瑞樹さん、今日は忙しかったけれど、面白かったね」
 瑞樹は一度三琴の腕をほどき、三琴を包み直す。
「そう、それはよかった。兄さんたちに感謝しかないな」
 腰を抱かれて姿勢が安定すれば、三琴はもっと瑞樹に寄り添った。
「そうね、とても素敵な式だった」
 ふたりで寄り添っていれば、とても温かい。外ではどんなに冷たい雪が降っていようとも。
 病めるときも、健やかなるときも、ずっとこうして瑞樹といたいと三琴は思う。

 ふと三琴の中で、リネットとエイミーの質問が甦った。
――それで、ミッコは、お婿さんのどこが好き?
――やっぱり、一緒にいたいなって人だし、自分のことを大事にしてくれる人かな。
 またひとつ、瑞樹の腕の中で、三琴は双子の質問の答えを見つけたのだった。

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