ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

「そこを何とか、黒川会長のお力添えで、私どもを助けてはいただけませんでしょうか?」

「他ならぬ〝姫様〞の頼みだ、お力になりたいのは山々ですが……」

「一年で結構です。どうか猶予を」

「一年待ったところで、すべての債権を買い戻せますかな? 幸村家との長いご縁を思えば、私としても非常に心苦しい。……しかしね、早々にマネジメント契約に同意していれば、こんな事態にはならなかった。せっかくの遺産を、実に残念なことだ。亡きお母上も、さぞご無念でしょうな」

──あんたの魂胆は初めからホテルの経営権じゃない!

〈Hotel POLARIS〉の名前の前に〈Kurokawa Resort〉と冠がつくのは、五年前に融資の条件として、黒川興産とフランチャイズ契約を結んだからだ。

すでに、宿泊料金の1%のシステム分担金と2%のロイヤリティ、その他加盟料や技術援助料の名目で毎月かなりの出費をしている。それだけでも負担なのに、もしマネジメント契約となれば、総売上の10%近くを支払わなければならない。
その上、運営の全権は黒川に握られてしまうのだ。

〈事業再生支援〉などとご親切な単語を語っても、しょせんは〝乗っ取り屋〞だ。

多恵は声を落として訊ねた。

「債権を、どちらに移譲されるおつもりですか?」

「今はお答えできません。申し上げなくとも聡明なあなたのことだ、すでにお分かりでしょうが?」

タンパーでたばこの火を押さえながら、茶にするような口調に、多恵は歯がみした。

──何としてでも、それだけは阻止しなければ。

むろん、手ぶらで参上して、黒川がポラリスを救済してくれるとは、もとより考えてはいない。
この勘定高い男が今までポラリスを屠らなかったのは、多恵の亡くなった母にひとかたならぬ思い入れがあるためだ。
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