ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「そこを何とか、黒川会長のお力添えで、私どもを助けてはいただけませんでしょうか?」

「他ならぬ〝姫様〞の頼みだ、お力になって差し上げたいのは山々ですが……」

「一年で結構です。猶予をいただけませんか?」

「一年待ったところで、債権をすべて買い戻せますかな? 幸村家との長いご縁を考えると、私も非常に心苦しい。しかしまぁ、早々にマネジメント契約に合意していれば、こんな事態にはならんかったのですよ。せっかくの幸村の遺産を、残念なことだ。亡くなられたお母上も、さぞご無念でしょう」

──あんたの魂胆は初めからホテルの経営権じゃない!

〝Hotel POLARIS〞の名称の前に〝Kurokawa Risort〞と冠がつくのは、五年前に融資の条件として、黒川興産とフランチャイズ契約を交わしたからだ。

すでにフランチャイズ・フィーとして、宿泊料金の1%のシステム分担金と2%のロイヤリティ・フィー、その他加盟料や技術援助料の名目で毎月かなりの出費をしている。それだけでも負担なのに、マネジメント契約をすれば、総売上の10%近くをインセンティブ・フィーなどで支払わなければならないことになる。さらにホテル運営の全権は、黒川サイドに渡ってしまうのだ。

ホテル・旅館再生事業などとご親切な単語を語っても、しょせん乗っ取り屋だ。

多恵は声を落として訊ねた。

「債権をどちらに移譲されるおつもりなのですか?」

「今はお答えできません。申し上げなくとも聡明なあなたのことだ、すでにおわかりだと思いますが?」

タンパーでたばこの火を押さえながら、茶にするような口調に、多恵は歯がみした。
何としてでもそれだけは阻止しなければならない。

むろん、手ぶらで参上して、黒川がポラリスを救済してくれるとは、もとより考えてはいない。この勘定高い男が今までポラリスを屠らなかったのは、多恵の亡くなった母にひとかたならぬ思い入れがあるためだ。
< 11 / 154 >

この作品をシェア

pagetop