ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?


黒川六郎の父は満州からの引き揚げ者で、かつて一族は窮乏を極めていたらしい。素封家で篤志家だった多恵の母方の曽祖父の援助で、何とか魚の行商で糊口をしのいでいたという。

六郎は十一人兄弟の六番目。おそらく口減らしだったのだろう、祖父・幸村宗一郎の口利きで、工務店の住み込み奉公をしながら中学校を卒業したという、苦労人だ。

野心家で、人心掌握術に長けた青年は、まんまと主人と娘を籠絡し、弱冠二十五歳で不動産会社を興すと、次々に有名飲食店や老舗旅館、名門ゴルフ場を傘下に治め、瞬く間に地元の観光・レジャー産業を支配する存在となった。
今では黒川興産は県下随一の企業だ。

彼の中には、〝幸村のお姫様〞に対する偏執狂的なコンプレックスがある。赤貧を極めた青年時代、幸村の一人娘を手に入れることを真剣に目論んでいたらしい。

多恵の母が亡くなってからは、その矛先が多恵へと移った。それが目つきに現れる。多恵が、黒川を、どうしても悪人に仕立てなければ気が済まないほど蛇蝎の如く嫌うのは、そのためだ。

虫酸が走る男だけど、今はどうしても彼の力が必要だった。



多恵は、黒川の背後の赤糸威大鎧に目を注いだ。

幸村家家宝が、よりによって彼の手に落ちていたとは、御祖(みおや)はさぞかし嘆いていることだろう。この土地も、刀を捨て廻船業から豪商となった幸村家のものだった。

「どうか、もう一度、ご検討いただけますよう、お口添えを、お願いいたします」

多恵はぐっと上体を倒した。深いカッティングの胸元から、乳房がこぼれ落ちそうになることを十二分に意識して。

「姫様にそこまで仰られたら、私も微力ながら何とかして差し上げねばならんでしょう。……しかし、他の役員連中を説得するとなると、……それなりの担保をいただかねば。さて、どうしたものか……」
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