ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
プールの水面が水中ライトの光を孕んで、静かに青い波模様を作っている。ミルキーブルーの淡い灯が、シールドを張るようにプールサイドを包み込んで、幻想的な風景をつくっていた。

多恵は、ガーデンテーブルに頬杖ついて、海へ顔を向けている。黒いワンピース姿で、下ろした髪が潮風に揺れていた。

「星が降るような空だね」

多恵は人形のような横顔を向けたまま、長い睫をパサリと下ろした。

「ポラリスはどれ?」

玲丞は星が犇めく北空を見上げた。都会では考えられないほどの星が、飛び散った硝子粉のように瞬いている。

「初めて君にキスしたとき、東京の空では星が見つからないって、言ったね」

多恵は泥酔しておそらく覚えていないだろうが、玲丞は、空を見上げて寂しそうに撓垂れかかった多恵の体温まで覚えている。
街では人恋しさに夜空を見上げても、ポラリスは見つからない。

「何しに来たのよ」

挑むように振り返った目は完全に据わっていた。強烈なアルコール臭がした。

「君と呑みたくなって」

フンと多恵は鼻で息を吹いて、そっぽを向いた。

「バーの営業時間は終了いたしました。お部屋へ戻ってお呑みくださいませ、お客様」

「じゃあ、君も」

立たせようとした手は邪険に払いのけられた。

「奥様と呑んだらいいでしょう?」

「奥様って?」

反問して、玲丞は呆れたと大きく息を吐いた。

「また、早とちりしてる」

「何が早とちりなの?」

「彼と彼女が夫婦なんだよ」

「あんなお淑やかな美人が、変人のゲイと夫婦のはずないでしょう? だいいち、彼女がフジサキの妻だと名乗ったのよ。彼がフジサキさんならあなたは誰?」

玲丞は返答に窮して瞳を泳がせた。

「ほら、みなさい、答えられないじゃない」

多恵は椅子の背にふんぞり返ってせせら嗤った。目の縁から胸元まできれいなピンク色に染め上がっている。
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