ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
車寄せに次々と車が駐まった。
やくざな運転に小鼻を膨らませて駆け寄った大和が、玄関先で立ち尽くしている。足が地面に吸い付いたように動かない。

ドアが大砲のような音を立て、異様な気配をまとった一団がゾロゾロと現れた。
鉢巻きに「森を守れ!」「開発反対!」と赤字で掲げ、天を突く勢いの気迫。関わってはいけない相手――それ以上の危うさが漂っていた。

腰を抜かしかけた大和を邪魔だと弾き除け、隊列を組んで押し寄せてくる彼らに、お茶をしにきたのではあるまいと、本多は腹を括った。

「私、NPO・どんぐりを守る会代表のサ・カ・イと申します。幸村さんにお会いしたいのですが」

先頭に立つ初老の女性が、剣呑な口調で名乗った。
狐のような目元を釣り上げ、まくし立てる様子は、昭和のウーマンリブを彷彿とさせる。エコバッグの中には、きっとマイ箸とマイボトルが忍んでいるのだろう。

「申し訳ございませんが、お客様の情報はお教えできません」

本多はとりあえず時間稼ぎにすっとぼけた。

「お客じゃなくて、幸村多恵氏! こちらで支配人をされていると聞いてますよ」

「はて……? ああ、もしや、ゼネラルマネージャーの幸村のことでございますか?」

本多はわざとらしく悠長な口調で返す。
その通り、と酒井会長はふんぞり返って頷いた。

「お約束はございますでしょうか?」

「約束なんて!」

へっ、と酒井会長は吐き捨てる。

「平気で裏切る方と、約束を取り付けても無駄でございましょう? いいからさっさと取り次いでくださいな」

「そうだ、そうだ」と同志たちが声を上げた。
六十代の男性が数名、学生らしき男女が数名、子連れの女までもみな、正義の味方という質の悪い神に憑依されている。

「申し訳ございません。ゼネラルマネージャーはただいま大変多忙にしております。ご用件は私がお伺いして、後ほど伝えさせていただきますので──」

「もう結構! 勝手に捜させていただきます」

「お待ちくださいませ、酒井様」

本多は一行の行く手に両手を広げて立ちふさがった。

「他のお客様もいらっしゃいます。どうか本日のところは──」

「退きなさい!」

多勢に無勢の気迫に押され、お引き取りいただくのは不可能だと悟った本多は、

「それではとりあえずレストランの方へ」

と、言いかけて、厨房スタッフの顔が頭に浮かび、それこそ危険だと思い留まった。
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