ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

「おばちゃんって、私?」

「あんたしかいないじゃない。ほら──」

「え? ま、待って」

おろおろする多恵の首根っこに、瑠衣は無邪気に抱きついてくる。
はじめて抱っこした赤ちゃんは、意外に重い。それに温かくて柔らかい。

「かわい……い」

「ユキも子どもを作りなさい。女にはタイムリミットがあるんだから。ご両親も草葉の陰で心配してるわよ」

「そうねぇ……」

指を掴む小さな手を見つめながら、感慨深く言う多恵に、司は眉を潜めた。

「やぁねぇ、何しんみりしちゃってるのよ。地震でも起きるんじゃないの?」

減らず口は健在だ。それが司独特の励まし方なのだけれど。

やはり居心地が悪いのか、瑠衣がむずがった。
おろおろする多恵を、司は意地悪く笑っている。

すぐに調理場から出てきた理玖が、慣れた手つきで子どもを抱き上げるのを見て、多恵は何だか不思議な感じがした。
自信のなさがすっかり消えて、地に足が着いた感がする。これが、親になるということなのだろう。



「何はともあれ、元気そうで安心したわ」

代わりにオープンキッチンへ入った司が、ダージリンティーとフィナンシェを出しながら、安堵したように微笑んだ。

ダージリンティーのフレーバーにはリラックス効果があるし、フィナンシェは金の延べ棒を模した縁起のよい菓子だ。これから戦場へ赴く多恵への、力水のつもりかもしれない。
< 132 / 160 >

この作品をシェア

pagetop