ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

3 『さようなら、ポラリス』

森閑としたポラリスを、春立つ星が優しく包んでいる。
プールの水は抜かれ、枯色の芝生とモクレンの下のバードバスだけが寂しく取り残されていた。

ホテル・ポラリスは、ついに終焉を迎えた。
母の夢、父の希望、静枝の支え、多恵の、そしてここに働く者たちの居場所は奪われ、早晩、外資系ホテルグループによって地域のレジャーランド構想の一端を担うことになる。

一時しのぎで救済した森も、いずれはトーエー開発に買い占められるだろう。
権謀術数に富んだ彼らの攻撃に、たとえ一族と言えどもいつまでも踏みこたえられるとは多恵も考えていない。
祖父を畏敬する者が代替わりすれば、本家への忠節も薄れ、金になびく者もあるだろう。いや、すでに息子や娘に押し切られている者もいるかもしれない。

それを責めるつもりは毛頭ない。山岡の言うとおり、今、現実に生きている人間の生活の方が大切なのだから。

森は徐々に切り崩される。
水源が目当てなのか、温泉付別荘地としての転売が目的なのかは知らないけれど、いずれにせよ拝金主義のエゴに荒らされて、カンナビは死滅する。

ポラリスを守るために屋敷を手放し、森を守るためにポラリスを犠牲にした。けれど、結局すべて悪あがきに過ぎない。

救われるのは、従業員たちの身の振り方が決まったことだ。

本多は、あの川辺の老舗旅館の総支配人として女将の肝いりで迎入れられ、フェルカドのメンバーと大和は、旧幸村邸にオープンするオーベルジュに全員揃って招聘されることになった。菜々緒は、大手企業秘書の席が用意されていたけれど、本人の強い希望で他のメンバーと合流するらしい。

あの夜の約束を、玲丞は果たした。

東京で最後に彼が言いかけたのは、このことだったのだろう。
それを取り合わず無下にして、玲丞もほとほと愛想が尽きたのか、就職斡旋リストに幸村多恵の名は除外されていた。
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