ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「私は、妻のお祖父様に命じられて、ハネムーンという名の逃避行に出ていたから難を逃れたけど、さすがにうちの親父も参ってた。野党の標的がセンセイなのは明白だったし、飛び火させないために、玲も苦心惨憺の日々だったわけよ」
「そうですか」
棒読みの返しに、それでも倫太郎はお構いなしに続ける。
「で、ようやく一段落して、やっと玲がここに顔を見せたんだよ。そしたら、急に血相変えてさ。ホラ、こいつって、小さい頃から変に物わかりが良くて、喜怒哀楽、顔に出さない方でしょう?」
知ったことかと、呆れ顔を向けた多恵に、彼はしてやったりと笑いかけた。
「ちょうどそのとき、あなたのあの笑えるやらせ番組の録画を観ててさ。これは何かあるなと思って様子を探らせたら、ポラリスをリザーブしてたって聞いてね。で、強引に便乗したというわけ。まぁ、私の方は、敵城視察もしたかったし、アベックの方が怪しまれないと思って」
別の意味で、充分に怪しかった。
「つまり、玲はその時点では、岬がターゲットになっていることを知らなかったってこと」
「今さら、どうでもいいことです」
多恵は静かに身体を回し、打ちひしがれ立ち尽くす玲丞に向かって、ゆっくり、はっきり、言った。
「あなた方は、お望みのものを手に入れる。それが現実ですから」
「だから、多恵──」
「多恵と呼ぶな!」
玲丞の横やりに出鼻を挫かれた多恵は、怒声のやり場がなくなって、欲求不満を募らせた。
玲丞は、気持ちを整えるように、大きく息を吸って長く吐いた。
「こんな再会になって、誤解されても仕方がない……」
多恵に、懇願するような目を向け、
「だけど本当に、僕はただ君に逢いたくて、ポラリスへ行ったんだ」
多恵は、冷えきった視線を送る。
「司さんは、君はボストンへ戻ったと言うけど、連絡先を頑として教えてくれなかった」
玲丞は、迷いを押し込めるように目を伏せ、それでも真っ直ぐな声で続けた。