ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
「だから、思い切って会社を訪ねた。そこで君が退職していることを知って、すぐに不動産屋で転居先の住所を入手して、あの屋敷へも行った。だけど、表札が中里になっていたし、何度訪ねても留守で……。近隣の人にも尋ねた。そしたら不審者と通報されて、警察に追い返されてしまって……」

「まあ、そうだろう」と、多恵は心の中で言った。
いきなりよそもん(・・・・)が訪ねてきても、警戒されるだけだ。

「そのあと、胡蝶のママから、君の退職理由を聞いて……。そんなに彼が忘れられなかったのかと、少し、弱気になった。諦めるしかないのかと思っていた」

ああ……と、多恵は明後日の方を見た。
彼女のことだ、どんな尾鰭をつけて吹き込んだのか、想像はつく。

「でも、あの日、君の映像を見て……、どうしても会って、確かめたくて──」

「それで? 昔の縁で、カンナビを手放すように唆すつもりだった? それとも、訴訟を起こされないように懐柔するつもりだった?」

「僕は、君を助けたかったんだ」

「もう一発、殴られたい?」

「倫太郎から、君が開発計画の障害になっている地権者だと聞いて、東京へ連れ戻そうと考えたことは、否定しない。会社のやり方は、僕が一番知っている。君が傷つけられる前に、何としても救い出したかった。君が中里氏の実の娘だということも、ポラリスがお母さんの遺志だということも、幸村家とカンナビとの関係も、神尾さんから聞くまでは、まったく知らなかったんだ」

予告どおりに振りかぶった手は、標的をとらえる直前に、玲丞の手に阻止されてしまった。

「大嘘つき!」

「嘘じゃない」

「それなら、なぜ神尾さんに会ってたのよ!」

「ポラリスへ行った翌日、神尾さんが僕に会いたがっていると、父に呼び出された。実は、ポラリスに予約を断られて、不本意だったけど父の名を使って、彼に手を回してもらったんだ。神尾さんは君のことを案じて、僕たちが何かよからぬ策を講じているんじゃないかと、心配になったらしい」

「なぜすぐに言わなかったのよ」

昂奮して手首を掴む手に力が増していることを、玲丞は自覚していないのか。多恵の手の甲が血の気を失ってみるみる白くなった。

「放してよ!」

多恵は、大物がかかった釣り竿でも引っ張るように、腕を引き戻した。
こちらが抵抗をやめれば、相手の抑制も弛まるとわかっているのに、ますますムキになるから、よけいに輪が締まってしまう。
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