ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「痛いってば!」
「玲~、女に乱暴はやめろよ~」
「黙ってろよ!」
玲丞が持って行きようのない怒りを余所へ向けたとたん、多恵を拘束していた握力がふと弱まった。
多恵はここぞと逃れると、被害者意識充分に、恨めしそうに赤くなった痕をさすった。
案の定、玲丞は申し訳なさそうに心配している。
そして呻くように、
「何度も言おうとしたんだ。でも、君は聞こうとしてくれなかった」
「彼のことは尋ねたけど、答えてくれなかったわ」
「言えば、君と敵同士になる」
それでも──多恵はやはり、本人の口から、真実を聞きたかった。
藤崎玲丞。
ポラリスを買収したトーエー開発社長の従兄。屋敷の新たな所有者の甥。そして──カンナビを奪おうとする政治家の息子。
倫太郎から真相を明かされたとき、多恵の胸は、氷水をぶちまけられたように冷たく凍った。頭からかぶった水の冷たさに震える間もなく、足元の氷が音を立てて崩れ、そのまま冷たい海へ沈んでいくような──そんな絶望に、心が砕け折れた。
もしあのとき目の前にいたのが玲丞だったなら、煉獄へ突き落とす前に命綱を着けてくれただろうし、多恵だって必死に手を伸ばしただろう。
玲丞もそれがわかっていたから、多恵の心を壊さないように、必死に言葉を選んでいたのに。聞く耳を持たなかったのは、多恵の方。わかっている……。わかってるけど……。
「それは、弁護士だってことを隠していた言い訳?」
「……隠していた、のかもしれない。君に、僕がしていることを知られて、軽蔑されるのがこわかったから」
「やっぱり欺罔じゃないの。黒川に泣きつかないように先手を打ってあんなことするなんて、汚い」
「ごめん……。でも、君が強情だから。ああしなければ、君はまた黒川に会いに行く」
「それが弁護士のすることなの?」
「弁護士である前に、僕は一人の男だ。君に誰の指も触れさせたくなかった」
「さすがは不祥事対応の専門家。ご自分の弁護もお上手で」
「多恵!」
一瞬、打たれるかと思った。
打たれた方がましだった。玲丞の痛々しいほど傷ついた瞳を見るよりは。