ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「玲が気まずいのはわかるけどさ、あたしだってあのことについては責任を感じてるのよ。ちょっと脅かしてやれって言ったのに、あの蝦蟇、マジで多恵を手篭めにするなんて、ほんと野蛮なんだから」
倫太郎は悪びれずに言う。
確かに、今回は倫太郎にしては手ぬるかったし、脅迫したとはいえ、黒川の情報をあっさり白状したのは、やはり多恵に思い入れがあったからだろう。
「でも、まさかミイラ取りがミイラになるなんて、思いもしなかったわよ。しょうがない、あたしも一緒に謝ってあげる。ついでにIT会社社長と女優にも土下座させる? 弟がレイプまがいなことをして申し訳ございませんでしたって」
玲丞に睨まれて、倫太郎は肩をすぼめた。
「冗談だよぉ」
会話を面白く可笑しくしようとして、洒落にもならない不謹慎を招くのは、倫太郎の悪い癖だ。玲丞がお目付け役をしているのは、一族に仇なすような舌禍を未然に防ぐためでもある。
そもそも、多恵が玲丞に背を向けたのは、そのことが問題ではない。
「──だって……、玲が麻里奈以外の女を愛せるなんて、思ってなかったんだ……」
倫太郎の呟きは、弁明のようでもあり、愁嘆のようでもあった。
彼が玲丞に近寄る女性を徹底的に排除するのは、三人で過ごした美しい青春の思い出が、ぼやけて薄れてゆくことを恐れるためだ。
それは玲丞も同罪。
愛してると言いたかった。でも、言えなかった。──だから、多恵は背を向けた。
「多恵は来ないし、僕も行かない」
「何でよ?」
玲丞は答えることなく、再び窓に顔を向けた。
倫太郎は唇を尖らせ、空になったグラスを指で弾いた。
「お前さぁ、弁護士になってからよけい無口になったよな。言質を取られないように発言が慎重になるのはわかるけど、何も聞かれなくても、女にはこちらから言葉にしてあげないとだめなんだ」
倫太郎の方こそ、いい加減、薫子と向かい合ったらどうだと、玲丞は心の中で言い返した。
「特に多恵みたいに頭の回転が早い女は、何でも自分の中で片付けようとして、逆に自分自身を追い込んでしまう。だいたい、もし玲が多恵に麻里奈を重ねていたと思ってたのなら、あいつバカだろう。あんな強情っぱり、多恵以外にいないじゃないか──」
と、そのとき軽快なメールの着信音。
会話を遮られ、スマホ画面を睨んだ倫太郎は、ビックリしたように立ち上がった。
「ああ、もう! 慶にぃたら、いらちなんだから! 先に行っとくから、とにかく新幹線でも何でも使って来なさいよ。絶対よ!」