ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?

6 『それもこの子の運命なのよ』

青々と広がる畑の真ん中で、多恵は大きくせり出した腹を支えるように腰に手をやった。

空は青く澄んでいる。畑の緑のグラデーションの涯に、カンナビの濃い緑が滑らかに、空と陸との区切りをつけていた。

はなを失って三ヶ月、後悔は尽きないけれど、こうして自然のなかで土に塗れていると、徐々に胸の痛みが癒されてゆく気がする。

「あ〜、いい風」

鼻を膨らませいっぱいに空気を吸えば、健康的な土草の匂い。野菜たちは今日も元気だ。

平和だな、と呟いたとき、

「あんた、畑で産み落とすつもり?」

声に振り返ると、司が目に角を立てていた。

「居候の身で、ただでさえ山岡さんに厄介かけているって言うのに、これ以上年寄りを心配させるんじゃないの」

「予定日はまだ先だもの」

「お産をなめんなよ」

はいはいと、多恵は最近とみに口うるさくなった親友に空返事をした。

司は週に数度、仕入れのために山岡農園を訪れる。
メールで事足りるのに、こうして往復三時間かけてわざわざ出向いてくるのは、多恵の様子見のためでもあるのだろう。

佐武の大叔父の家で鬱々と過ごしていた多恵を、農園へ引っ張ってきたのも彼女だ。航太の就職についても、妊娠中のあれやこれやの相談についても、いつも助けてくれて本当に感謝している。

「今日は、仕入れあったっけ?」

「理玖が、ハルさんに新メニューの試食をしてもらうんだって」

「あんまり食べさせないでほしいなぁ。糖尿なのに食いしん坊だから」

「ほんと元気よね。豊子さんにしても、女の方がパワフルなのは、土地柄なのかしらね?」

などと皮肉るから、ついつい多恵もありがとうを言いそびれてしまうのだ。

「これからフェルカドにも行くけど、何かある?」

「何も。何か聞かれても異常なしって言っておいて」

「冷たいんだから。伊佐山さんだって、良かれと思ってしてることじゃない」

多恵は渋い顔をした。
善意だとわかっているから断れない。その結果が、多恵の意向と真逆のものであっても。
< 146 / 154 >

この作品をシェア

pagetop