ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
「すいません、今──」
「何してんだァ、くォゥらァ!」
レードルを投げつけそうな勢いで、巻き舌でがなる。口と手が同時に出るのは、秋葉の悪癖だ。
ただでさえ恐ろしい面構えなのに、名誉の負傷だという頬の三日月型の傷跡が、さらに相手を威嚇する。
現在は、拗らせていた幼馴染との初恋を紆余曲折の末に実らせて、ひとり娘からの電話に赤ちゃん言葉で応える超親バカ。
それでも、生来の短気と暴走族仕込みのガン飛ばしは直らない。
包丁を執る神聖な手を二度と他人に対して振るわないと、伊佐山に師事する際に誓約を立てたそうだけど、破ってばかりじゃないかと、純平は心の中でぼやいた。
しかし、料理の腕は素晴らしい。
鍋底に残ったソースを盗み舐めたときの衝撃。さすがは伊佐山が唯一認めた弟子だ。
あのごつい腕から、どうしたらあんなに繊細な味が生まれるのだろうと、いつも感心してしまう。それに、根は涙脆くて面倒見がいい先輩なのだ。
むしろ問題は秋葉よりも──。
純平は片隅のマーブル台に首を向けた。
パティシエ兼ブーランジェの夏目紗季が、ドライアイスのような気を放ち、チョコレートをテンパリングしている。
エキゾチックな美貌、スリムなボディ。土台はいいのに、嗅覚がおかしくなるからと常にすっぴん。馬の尻尾のような髪をヘアゴムで無造作に括っただけの洒落っ気のなさに、さらにこの仏頂面では男も寄りつかない。
そのうえ──。
「何、見てんだ、テメェ」
「あ、すいません!」
これだ。