ホテル ポラリス  彼女と彼とそのカレシ?
6、ポラリス

1 『それもこの子の宿命なのよ』

青々と広がる畑の真ん中で、多恵は大きくせり出したお腹を支えるように、そっと腰に手を添えた。

空は透き通るような青。畑の緑のグラデーションの果てに、カンナビの深緑が穏やかに、空と大地の境をなぞっている。

はなを失って三ヶ月、後悔は尽きないけれど、こうして自然のなかで土に塗れていると、胸の痛みが少しずつ和らいでいく気がする。

「あ〜、いい風」

鼻を膨らませて深く吸い込んだ空気には、土と草の健やかな匂いが混じっていた。野菜たちは今日も元気だ。

「平和だなぁ」と小さく呟いたとき──

「あんた、まさか畑で産むつもり?」

声に振り返ると、司が目に角を立てていた。

「居候の身で、これ以上お年寄りを心配させんじゃないの」

「予定日までまだだし、ギリギリまで体は動かしたほうがいいって、豊子さんが」

「まあ、五回の出産経験者がついていてくれるから、心強いけど……。何が起こるかわからないのがお産だから、一人にはならないこと」

多恵は「はいはい」と、最近とみに口うるさくなった親友に空返事を返した。

司は週に数回、仕入れのために山岡農園を訪れる。
半年前、レルブに野菜の購入をお願いしたとき、宅配システムも整えたのに、わざわざ往復三時間もかけて足を運んでくるのは、多恵の様子を見るためだろう。

佐武の大叔父の家で鬱々と過ごしていた多恵を、山岡農園へ引っ張ってきたのも司だった。航太の就職のこと、妊娠中のさまざまな悩みも、彼女の支えがあってこそ乗り越えられた。

「今日って仕入れの日だっけ?」

「理玖が、ハルさんに新メニューの試食をお願いしてるの」

「ほどほどにしてほしいなあ。糖尿なのに、食べるの大好きなんだから」

「ほんと元気よね。豊子さんもそうだけど、女性がたくましいのって、ここの土地柄かしら?」

などと皮肉るから、つい多恵も「ありがとう」を言いそびれてしまう。

「このあとフェルカドにも寄るけど、伝えることある?」

「何も。何か聞かれても〝異常なし〞って言っといて」

「冷たいんだから。伊佐山さんも、良かれと思ってしてることじゃない」

多恵は渋い顔をした。
善意だとわかっているから断れない。その結果が、多恵の意向と真逆のものであっても――。
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