ホテル ポラリス 彼女と彼とそのカレシ?
昨夜は、接待帰りに親友の司が経営する元麻布のバーへ寄った。
セクハラオヤジのご機嫌取りにむしゃくしゃしていたうえに、徹夜明けの疲労も重なって、いつもより悪酔いしていると彼女に叱られたっけ。
確か、そこに風変わりな新顔がいて、一緒に呑んだ。
そうそう、平日だというのにラフなサマーニットで、十分に一度は涼し気な笑顔を見せる、脳天気で聞き上手な男だった。
──それか?
なかなかのワイン通で、顔も声も好みだったから、自然と話が盛り上がり、結局、ワインを二本空けたところで店を追い出されて、蕎麦屋に行こうと強引に誘ったのだった。
──それから、どうしたんだっけ?
やばい! かなりやばい!
いい歳をして、セックスくらいで騒ぎ立てることでもないけれど、行きずりというのはまずい。
ボストンの大学を卒業し、現地コンサルティングファームに就職。その後、日本支社に転属。最年少で戦略・組織プラクティスのプロジェクトリーダーに抜擢され、サクセスウーマンとしてカルチャー誌に取り上げられたこともある。
世間からは順風満帆に現代社会を闊歩しているように見られているけれど、舞台裏はそんなに格好のいいものではない。
妬みやっかみ僻み。少しでも女を見せれば侮られる。
クライアントからは特別な接待を期待され、昇進すれば上司との不倫を疑われ、部下を叱責すれば〈欲求不満のヒステリー〉と陰で叩かれ、会議で抗弁すれば〈女はすぐに感情的になる〉と嘲笑される。
先進国として男女雇用均等法を掲げているのに、この国ではいまだ、女が男の前を歩くことを潜在意識下でよしとしないのだ。
そんな負の波動砲から身を守るには、喜怒哀楽を極限にセーブして、常にポジティブに思考し、アグレッシブに行動するしかない。
そのためには、精神的にも、肉体的にも、男性以上にタフでなければならない。
とは言っても、本性は忍耐強くも、穏やかでも、寛容でもないので、ストレスが溜まる。
だからつい、司の店で管を巻くことになる。
彼女から口を酸っぱく諭されても、夜になると足が勝手に向いてしまうのだ。
その懲りない結果が、これだ。